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2005年3月

2005.03.29

父の「プロジェクトX」

41年前の僕の誕生日、母と父は汽車で40分ほどの大きな町の病院に行きました。あらかじめ帝王切開と決まっていました。先生は午後六時から手術すると母に伝えました。父は一週間ごとに昼夜勤が交代する、製鉄工場の工員でした。夜勤明けで病院の待合室で仮眠する父を見て、母は今夜の手術のことを内緒にします。「明日になるそうだから、今日はいったん帰って仮眠をとって夜勤に出て、明日また来てちょうだい」。父はまた地元の町へ帰り、いつものように夜勤出勤したのでした。

六時から手術が始まり、僕が生まれました。母が病室に帰る頃、たまたま母の父親から病院に電話があり、男の子が生まれたことを知りました。祖父は慌てて我が家の近所の「よろず屋さん」に電話をし、祖母に知らせが届き、祖母が父の工場に知らせに走り、工場の守衛さんが汗を流して父に僕の誕生を知らせました。父は祖父と一緒に夜行列車で母と僕の元に駆けつけました。暖かい日だったそうです。昭和39年3月25日。一家に一台の電話なんかありませんでした。

今日のNHK「プロジェクトX」は「千年の秘技・たたら製鉄復活への炎」。世界の技術力に歯が立たず、返品の山、従業員の解雇とどん底に落ちようとする地方の製鉄工場が、地元に弥生時代から伝わる優れた製鉄法「たたら」の再現に成功し、世界でも屈指のハガネを生産するまでのドキュメンタリーです。
僕の父はこの工場にいました。もちろん番組に出演するわけもない、一介の末端の工員に過ぎません。しかし、父親からはいつも「鉄」「ハガネ」というものに対する敬意と誇りが感じられました。その秘密を今晩のテレビで知ることができました。

週交代で昼勤夜勤を繰り返す父とは、まともに遊んでもらった記憶はありません。夜勤明けでは朝から酔っ払い、昼勤明けでは夜に酔っ払い。いわゆる世間の「父親」のような思い出は少ないと思います。しかし父の指先は油にまみれ、分厚くて、とても頼もしく思いました。「タマハガネというのはなあ」「ゾーリンゲンのナイフなんかたいしたことない」「ハガネは本当に微妙なもので、ちょっとしたことでクズ鉄と同じになる」などとよく言っていた気がします。今夜のプロジェクトX、とても感動しました。そしてフロンティアたちの精神は、きっと現場の我が父にも届いていたんだなあと思います。

父を誇りに思える日、でした。

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さて、ようやく病院から連絡があり、明日3/30からいよいよ入院することになりました。このブログは2~3週間更新できなくなります。メール、コメント、トラックバックにも反応できません。あしからず。
入院日記はできるだけメモしておきます。復帰したらネタに使って楽をします。

「かわいい女の子といっしょに公園のベンチにすわっていると、一時間も一分のように過ぎるが、熱いストーブの上にすわっていれば、一分間も一時間のように思える。」アインシュタインが素人向けに相対性理論を説明したことばだそうです。
さて病院での時間は? 相対性理論を実践する旅に出てきます(大げさすぎですね)。ではみなさま、しばしごきげんよう。

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2005.03.28

注腸検査、行ってきました

※今日のブログはちょっと汚い話も出てきます。そういうの嫌いな人は読まないでね。

昨日「注腸食」の一日を過ごし、行ってまいりました、注腸検査。昨夜の強力な下剤は朝も効いてます。だいぶ身体は軽いです。受付では「あ、注腸検査ですね、7番の部屋の前でお待ちくださーい」みたいな明るく、何事もない対応。い、いや、肛門からバリウム入れる検査なんっすけど、そんな普通なんすか? と、ちょっと不満。

しかしよく考えてみたら、還暦くらいの人で「ちょっと大腸にポリープができたんで切ってくるよ、ガハハ」みたいな話はよく聞きますね。その人たちも多分この検査受けてるんです。僕も技師の人に「この検査ははじめてですか? そうですよね、この歳ですもんね」と言われました。みなさ~ん、これから注腸検査がどういうものか書きますけど、おじさんになると避けて通れないみたいですよ~。今のうちに予備知識として読んどいたほうがいいですよ~。

通された部屋は、バリウム飲んで食道・胃のレントゲン撮影をしたのと同じ部屋。狭い個室で着替えるのも同じ。違うのは「上は肌着一枚の上から検査着をきてください」(ここまでは同じ)、「下は下着も全部脱いで、このズボンを、穴があいてるほうを後ろにしてはいてください」(←ここが違う)。
青い紙の半ズボンは、確かに片側に大きな切れ目が。これが後ろなのね。多分、ああいうことやるためなのね、きっと。

レントゲン室へ呼ばれました。ベッド状の台が垂直に立っている装置そのものは、食道・胃のときと同じです。技師は若い人でやさしい感じ。まずは肩に注射。腸の動きを弱める薬だそうで、これも胃カメラや上からのバリウムの時にも打つヤツです。ちょっと痛い。「心臓病や緑内障はありませんね」と聞かれるのもいつもと同じです。(ちなみにこの注射、やっぱり眼に関係しています。毎回この注射の後しばらくは細かい字や携帯メールの画面が読めなくなります)

「はい後ろ向きになって」「ではお尻から管をいれますよ」き、きたー。あーー。そしてゴポゴポという音とともにお尻からお腹へ違和感が。
その後は、食道・胃のとき以上に激しい「はい向こう側に横向き、そのまま腹ばいになって」「こちら側向きに横向きになってあお向け」と、完全に海苔巻状態。さらにベッド状の検査台は激しく立ったり、横向いたり、頭下がったり。「いつもより多めにまわしております!」とは言われませんでしたが。
しばらくすると「一回、管抜きます」「もう一回入れます」が何回か繰り返されます。途中でバリウムではなくガスを入れた様子。まさに「お腹がはる」感じ。胃カメラでガス入れられるのとは明らかに違う感じです。そして海苔巻状態はさらに続く……。
多分、大腸から小腸へバリウムを行き渡らせるためには、胃・食道以上に「動き」が必要なんでしょうね。まあ、そうだろうな、複雑で渦巻いてますもんね、腸って。

ようやく終わったときにはぐったり。ずっと気になるのがお尻の冷たさだったのですが、服を着る段になって判明、股間がバリウムで真っ白。なんとも情けない気持ちで着替え、もらった下剤を早々に飲んだのでした。
上から飲むのに比べれば、下からのバリウムはすぐに出てくるようです。町に出ちゃうとどこにトイレがあるかわからないので、しばらく病院内にとどまり、自販機で水を買ってガブガブ飲みました。先ほど書いたように、目がおかしいので持参した本も読めず。水を飲んじゃあトイレへ行く。合間に喫煙所でタバコを吸う。水を飲む。トイレに行く、の繰り返し。検査そのものは待ち時間・着替え時間をいれても40分程度だと思いますが、結局食堂でサンドイッチを食べて、安心して病院を出たのは着いてから4時間後くらいでした。

以上、注腸検査の一部始終。病院の検査って、何されるのかわからないのが不安ですよね。注射はないと思ってたのにいきなり痛いのされるとか。そういうこと解説した本、あればいいのに。もうあるのかな?「病院の検査でなにをされるのか前もってわかる本」。待合室にあったら読みますね、買わないけど。
でも今始めてネットで「注腸検査」と検索してみたら、結構体験談あるんですね。やっぱり本要らない。出版業界が斜陽なのも無理ありませんね。

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2005.03.27

注腸食(2)

さて明日は「注腸検査」。ということは今日は低脂肪・低繊維の「注腸食」の日でした。もう一度メニューを書きますね。

朝食:白かゆ300g、田舎煮164g、みそ汁6g、梅干ふりかけ1.6g
昼食:液状栄養食(コーンスープ)200ml、クッキー(ココア味)36g、クッキー(ヨーグルト味)40g
間食:飴6g
夕食:白かゆ300g、みそ汁6g、鰹ふりかけ2.7g

食べる時間もできるだけ守って、食べました「チュウチョウショク」。
結論から言えば、悪くなかったです。レトルトのお粥中心。量もそこそこあって、もともと小食になっているのであまり気になりませんでした。ただお昼は具のないコーンスープだけなので、おやつのクッキーと飴まで全部食べちゃいました。意外においしかったのが朝食の「田舎煮」。具はあまり多くないんですが、肉じゃが風の味付けでした。夕飯は「ふりかけ」しかおかずがないのでさすがにちょっとさみしかったですかね。
みそ汁も粉末なんですが、お椀にあけるとなにやら白い錠剤のようなものが。おー、薬剤が混ぜ込まれてるんだ、と一瞬思いましたが、麩、でした。ですよね。具はそれだけ。クッキーは普通に美味しかった。

それより20:00に飲んだ下剤が強力。なるほど、このために一日こんなもの食べさせられたのね、って感じ。ま、力は出ませんね。

商品名は「インテスクリア」。販売元:日清キョーリン製薬株式会社、取り扱い代理店:味の素ファルマ株式会社。できればもう食べたくないです。普通にお粥食べられるほうがいい。梅干もつけて~。

入院日の連絡はまだありません。ベッドの空き待ちで前日連絡なんです。ちょっと待ちくたびれたかな。

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ジョンレノンの歳を超えてしまった

去年の12/8、実は午後から会社を休んで新宿へ出て、ゴールデンカップスの映画観て、ジョンレノンのCDを買いました。ディスクユニオンではジョンの命日にあわせてジョンのソロアルバムがかかりっぱなし。イヤホン大音量で「LOVE ~ジョン・レノン・アコースティック・ギター~ 」をかけてたんだけどそれを上回る音量で。買おうと思ってた「ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~」(LPしか持ってなかったのでこの際)をレジに持っていったら、店員の子がなにかいってる。イヤホンはずして「何?」って聞いたら、今日はジョンのCDは2枚以上買うとディスカウントするっていうんだ。で、イヤホンを指差して「実は今も聴いてるんだ」と言ったらにっこり笑ってました。ということで「平和の祈りを込めて~ライヴ・イン・トロント1969~」も買っちゃいました。ディスクユニオン、好き。

新宿でお茶を飲んで、ふと思い立って遠くにいる友人にハガキを書きました。「なあ、俺たち、ジョンレノンの歳を超えちゃったんだね。」
そのあと、前夜のトークイベントにゲスト出演していた仲井戸麗市(チャボ)さんにファンレターを書きました。なんか絶対チャボに会いたい、と思ってたら楽屋から出てくるところで握手してもらえたんだ。すげ~。ああ、これからでもなにかしなくちゃな、今のままじゃダメだな、みたいなことをすごく感じました。いつまでもパニックだ、鬱だって言ってちゃだめだな。「元旦の計」の「治す」「渡す」「表す」はこの夜から考え始めたのでした。
2通の手紙を持って、「ジョンの魂」をガンガン聴きながら甲州街道を西へ。ひたすら歩きつづけました。(しかし新宿の街中はポストみつからないね!)
「マザー」でスタートして、2枚目の「ピース・イン・トロント」が終わって、3枚目の「ACOUSTIC」に入るくらい歩いたらさすがに疲れて電車に乗りました。
「元旦の計」は徐々に「手術をしよう」「会社を休もう」と具体化していったのでした。だから正確には「元旦の計」じゃなくて「12/8の計」なんですよね。

さあ、あとは「表す」だ。今年はライブを2回はやりたい。新しいことにも挑戦したい。入院中にいろんなことをリフレッシュして、新しいアイデアを形にしたいと思います。

遠くの友人からは、すぐにハガキが返ってきました。とても嬉しいハガキでした。文通もいいもんよ。

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2005.03.26

憂歌団について

憂歌団のすごさについてブログに書いておきたくてCDラックを漁ったのですが、実はほとんどCDを持っていないことに気がつきました。学生時代、ほとんどのアルバムをダビングしたカセットテープで聴いていたのでした。申し訳ない。でもお金もなかったんだよ。

ライブによく通うようになったのは、かえって東京に来てからです。九段会館、渋谷クアトロ…。「忘年会ライブ」に毎年通ってた時期もありました。

「嫌んなった」「おそうじオバチャン」など以前から聴いたことはありましたが、一番衝撃を受けたのはファーストアルバム「憂歌団」に入っている「シカゴバウンド」でした。

仕事をやって金を貯めてピストル買うんだ
ピストル買って頭めがけぶち抜こうと思ったけど

木村秀勝(今は木村充輝)のあの独特の歌声が、明日どうなるかわからない、アパート暮らしの地方出身プータローの胸に突き刺さりました。
内田勘太郎のギターは神業のようで、でもいつも木村の歌をサポートしていて、ボーカルを聴かせるためのギターなんだな、と強く感じました。

初期の名曲は数え上げればキリがありませんが、実はその後の歌も大好きです。
気分」収録の「ナイフ」「どす黒いやつ」「ザ・エン歌」、「Big Town,Small Hands」収録の「キスに願いを」、そして「胸が痛い」。

あの頃知らずに生きてたこんな淋しさ
知らないままでずっといられたらよかった
胸が痛い 胸が痛い 救け出してくれここから
胸が痛い 胸が痛い せつな過ぎてうずくまる

ライブで聴く「胸が痛い」ではいつも思わず目を閉じてしまいます。僕の中のどこかにいまだにある、青臭くて切ない部分に歌声が直接飛び込んでくる。耳からだけでなく、体中で歌を感じてしまう。シングルヒットを狙った曲なのかもしれませんが(事実、当時のカラオケには入ってたんだよね、この歌。でもとても素人が歌えるようなうたではありません)、とても清らかで純粋な歌。大好きです。

今はメンバーは各々で活動されているようです。でもぜひ、木村・内田・花岡・島田の4人の憂歌団をまた見たいと思います。強く願います。

比較的入手しやすそうなベストアルバムは、あえてライブ盤を紹介します。→ UKADAN LIVE’89~

一冊だけ本が出てます。メンバーへのインタビューや他のミュージシャンのコメント、シカゴ遠征日記など、中身の濃い本です。売らないもんね~。 憂歌団DELUXE

1989年発売のライブビデオがインターネットで配信・販売されています。http://www.showtime.jp/music/ukadan/

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2005.03.25

冷たい雨

冷たい雨が降りしきる街を 一人ぼっちで待ちぼうけ
こんな夜はもうごめんだぜ 行くあてもなくさまよい歩く
(TEARDROPS「Look Around」収録「冷たい雨」詩:青木真一)

今日は朝からいい天気。こりゃ洗濯日和だと勢いづいて大量に干しました。が、夕方になっても乾ききらず。なんかがっかり。すっかり主夫感覚です。天気の話題から洗濯物の話題へ。

夕方からまたしても降り始めた雨も、うたた寝から起きてみたらあがって明るい月が出ていました。この月光はベランダでタバコを吸う「ホタル族」の特権。たくさん浴びたらちょっと寒くなりました。

病院からの入院日の連絡はまだありません。大腸の検査だけは来週月曜日に決まりました。休職してから曖昧な状態のままの一週間がすぎていきます。
僕はいったいなにをしているんだろう? 僕はいったい何者なんだろう? 僕はなにをしたらいいんだろう?
3/25をもって41歳になります。まあこんな誕生日があってもいいか。

【風をあつめて】
はっぴいえんどの名曲。松本隆の詩の世界がすばらしい。
収録アルバム 風街ろまん/はっぴいえんど

名曲だけあって、いろんな人が歌っています。

矢野顕子も歌っています。
収録アルバム GRANOLA/矢野顕子
 ←以前にも「自転車でおいで」収録アルバムで紹介したのですが、入手困難なようですね。

玲葉奈(Leyona)のはコマーシャルに使われてましたね。
風をあつめて [MAXI]/玲葉奈
こちらのベスト盤にも収録→ Leyona’s Greatest Groovin’/Leyona

そして、実は僕の「風をあつめて」ベストトラックはこの人のバージョンです。
収録アルバム Candy/太田裕美
松本隆・作詞家30周年を記念しての企画シングル。あの歌声がはまっていて、ついオートリピートしてしまいます。同時収録の「キャンディ」(原田真二のヒット曲。詩:松本隆)もよいです。4曲入りのサイズもリピートで聞く分にはちょうどよいです。が、入手困難なようなのでベスト盤もご紹介。
→ GOLDEN☆BEST/太田裕美 コンプリート・シングル・コレクション
2枚組みベスト。「風をあつめて」も「Candy」も入っています。

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2005.03.24

三宅伸治さんについて

三宅伸治の名前を知ったのは、数多くのRCサクセションに関する情報からでした。清志郎のボーヤやってる人がMOJOCLUB、というバンドを作ったらしい。ファンクラブ限定の野音のライブで演奏したらしい。
僕は好奇心でレコードを探して、吉祥寺で見つけました。「A-LIVE」。ブルースでブギーで、エンターテインメントな感じが気に入って、新宿LOFT(?)のソロライブに行きました。長ーいギターシールドで、肩車されながら客席を練り歩くパフォーマンスは当時からやってました。ちなみにそのネタは去年見に行った忌野清志郎のライブでもやってました。(DVD参照:WANTED/忌野清志郎

それからずっと気にかかる人でした。あの声が、僕にはとても気にかかるのです。あの言葉が、清志郎やチャボとはまた違った角度から僕の中に入ってくるのです。

「ロックが生まれた日」というイベントをテレビで見ました。一番気に入ったのは、トリのSMI(坂本冬実・三宅伸治・忌野清志郎のユニット)よりも、「黒い三角定規」として出演した三宅伸治が歌う「ヤー・ブルース」でした。ジョンレノンの歌詞を「空しい、死にたい、たぶん夢だろ? やっぱそう思うかい?」と日本語にした歌が突き刺さりました。

仲井戸麗市・チャボのソロコンサートにゲストで参加したとき、ちょうど見に行ってました。「HEART OF SOULツアー(ビデオ)」の最終日、渋谷公会堂だと思います。チャボが「この曲、伸ちゃんと一緒にやりたいとずっと思ってたんだあ」と言って始まった曲は「年の瀬」だったと思います。

その後、ソロアルバムやいろんなユニットが組まれているのは少しずつ耳に入っていましたが、僕が出会った大好きな企画アルバムがこれです。
Music Planet~いいことがあるといいね~/三宅伸治プロジェクト
三宅伸治プロジェクトII Guitar’s Talk
いつも笑顔が印象的な三宅伸治さんは、きっといろんなミュージシャンに好かれているんだろうと思います。この2枚にはたくさんのゲストが参加しています。とても楽しい、和気あいあいの雰囲気が伝わってきます。「三宅君とは話ができるなあ」とどのミュージシャンも喜んでいる気がします。

前にも書きましたが、洋楽を日本語の替え歌にして歌う僕のスタイルは、まんま三宅伸治スタイルでもあります。
僕の心に突き刺さるブルースを、ロックンロールを、歌いつづけてください。

昨日、こんなDVDを入手しました。
SHINJI MIYAKE/20+1Songs
ライブを収録した2枚組のDVDです。あの歌声と、あの笑顔に触れると僕は気を許してしまいます。
2002年夏に結成された映像製作を中心に活動する任意団体「moment」のホームページ内「SHOP」で通販しています。

最新ライブ情報はこちら↓
Shinji Miyake Official Site
梅島のライブが気になるなあ。行ってみようかな?

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2005.03.23

中島らも追悼写真展「彼の世でアンコール! ENCORE IN HEAVEN !」

早速渋谷へ行ってきました。僕が見ることができなかった「ロッカー・中島らも」にたくさん出会えました。

以前にこのブログでも紹介した「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」の中のエッセイの最初の一編「保久良山」の生原稿もありました。追悼ライブの時のものと思われる寄せ書きには、町田康、鮎川誠、山口冨士夫、ムッシュかまやつ、などのロッカーたちのものもありました。2004/8/4朝日新聞夕刊掲載の町田康さんによる追悼文ははじめて読みました。グッとくるものがありました。

新刊「中島らもの誰に言うでもない、さようなら ダ・ヴィンチブックス―It’s only a talkshow」と、らもピック、追悼写真集は友人の分も買いました。少しでも売上に貢献できて、大阪・東京以外の都市でもこのイベントが行われるといいな。らもファンは全国にいます。地方出身者としては少しでも多くの人に見てもらえるよう、応援したいです。

昨夜完成したばかりの新しい名刺をゲストボックスに入れてきました。肩書きは「フォークでロックでパンクな主夫(見習中)」です。らもさん、僕はあなたの影響で度入りのサングラスを作ったんです。近所の不審な視線をものともせず、不良主夫としてがんばってみます。かっこいい生き方を著作を通して教えてもらったんですもんね。

中島らも 著作
中島らも 公式ホームページ
hanadokei/中島らも研究ページ

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2005.03.21

スピリタス(2)

僕はどうやらちゃんと独りで電車に乗ったようです。自分のアパートのある西宮までは電車がなかったのか、帰る自信がなかったのか、途中駅の六甲道までの切符をちゃんと買って、ちゃんと電車に乗ったようです。
でもちゃんと降りてはいませんでした。ポケットに切符が残っていたからです。

「オレが迎えに行ったら、おまえガラスまみれで道端に寝ててびっくりしたんやで」

だんだん思い出してきました。友人の下宿は引っ越したばかりだったので道順が曖昧で、近くの公衆電話で電話をしたのでした。もちろん携帯電話なんかなかった頃です。あー、今夜泊まるところがあった、と安心した僕はその電話の途中で昏倒したのでした。公衆電話の受話器がぶらさがったままだったそうです。そして、かすかにガラスが割れる音がしたのを聞いたような気がします。

午後起き出した僕は、友人の話を聞き、そこらあたりまで思い出したところで不安になりました。ガラス割った?
夕方、その公衆電話の場所まで行ってみました。子どもたちが学校の帰りがけに寄っていくような小さな駄菓子屋さんです。でもガラスは壊れていません。「???」おかしいな、と思いましたがいったん自分のアパートに戻りました。

しかし、考えれば考えるほど、やっぱりあの駄菓子屋さんのガラスを割っているはずなのです。友人の「ガラスまみれ」証言もあります。
1日明けて、やっぱり気になったので念のためにお菓子を買ってその駄菓子屋さんに行ってみました。「あのう、すみません、おとといの夜、ここのガラス割れませんでしたか?」

出てきたのはおばあちゃんでした。
「そうなのよ、朝になってみたら戸のガラスが割れてて、このあたりも物騒になったわねと思って、すぐに新しいガラスを入れたんだけど」

「…すみません、それ、僕が割ったんです」
僕はその夜に起きた(らしき)ことを説明しました。
するとおばあちゃんは「あら~、そうだったの、で、怪我はなかったの?」と言いました。そして、辺りが物騒になったのではなく、大学生が酔っ払って転んだのだと聞くとなんか嬉しそうでした。「なんだ、そうだったの、でも最近はそんな無茶する学生さんは少なくなったと思ってたけど、まだいるのねえ」
ガラス代を弁償しますといったのですが、そんなことは気にするな、それより何の部活だ、先生は誰だ、と聞いては喜んでいます。なんか、あがってお茶でも飲んでいきなさい、みたいな勢いで昔話が続きます。「そういえば前にこんな学生さんがいてねえ…」
なんとか持っていったお菓子を受け取ってもらって(お菓子屋さんにお菓子を持って行っちゃったんですが)、ようやく帰りました。

古きよき学生時代の一幕でした。その後神戸の街は震災で壊れ、再生に伴っていろいろ景色が変わっていきました。おばあちゃん、どうしたかなあ。

【中島らも追悼写真展「彼の世でアンコール! ENCORE IN HEAVEN !」】
川村けんとさんからトラックバックをもらって知りました。明日にでも行ってこようと思います。

会場 LOGOS GALLERY ロゴスギャラリー 渋谷パルコ パート1 / B1
期間 2005.03.16 (wed) - 2005.03.30 (wed)(会期中無休)
10:00am - 9:00pm(最終日は5:00pmにて閉店)
入場料 無料
お問合せ 03-3496-1287(ロゴスギャラリー)
主催 : 中島らも追悼写真展実行委員会
撮影 : 佐々木芳郎
協力 : 中島美代子(故らも夫人)/ 町田康 / 有限会社STOY / 株式会社PHOTOLIVE

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2005.03.20

スピリタス

大学生時代は神戸で過ごしました。ゼミの先生は部活のOBでもあり、しょっちゅう飲みに連れて行ってもらいました。学生時代を通じてものすごくご馳走になったし、とてもいい先生です。やさしい先生です。が、飲むと学生を「つぶす」くせがありました。いや、ちゃんと後の面倒まで見てくれるし、タクシー代も出してくれるし、本当にいい先生なんです。でも、学生が「つぶれる」のが大好きなんです。(このへんのニュアンス、伝わってますか? こんくらいしつこく「いい先生」をアピールしとけば大丈夫ですかね?)

先生の行きつけの少々お高い三宮のバーは、下級生は連れて行ってもらえません。「お前らにはもったいない」っちゅうやつですね。4年生になってやっとウワサの店に連れて行ってもらうことになりました。そのウワサとは「毎年一人、一番酒が強いと見込まれたヤツが世界一強い酒を飲まされる。未だかつてその酒を飲んでつぶれなかった学生はいない」というものでした。

嫌な予感はありました。

5~6人の学生が連れて行かれ、軽くビールとか水割りとかで盛り上がるうち、先生はおもむろに言いました。
「ほな●●(僕の名前が入ります)、そろそろスピリタスいこか」
おー、ウワサの世界で一番強い酒。アルコール度数は何と96度。当時から無謀な僕は、ほろ酔いの勢いも加わり「うけてたったろやないけ」と関西弁でいきり立ったのでした。

先生のオーダーにバーテンダーが「先生またですか、知りませんよ」と苦笑しながら持ってきたのは、試験管サイズの細長いグラスでした。なんや、こんなちょっとかい、楽勝やんけ。みんなの歓声の中、僕は一気にグラスを空けました。音にするなら「ボッ」。マンガなら口から炎が出るシーンです。そして僕の記憶は翌日の午後まで曖昧になるのです。友人の四畳半の下宿で目覚めた僕は、少しずつ昨夜のその後のできごとを思い出すことになるのです。(続く)

世界最強のお酒は火気厳禁!
神戸市消防局 のホームページより。たぶんこの記事書いた人も、僕の先生の被害者だと思います。あほや。

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元旦の計

去年の元旦の計は「年内にライブをやること」でした。
友人のライブの前座の形で実現。アコースティックギター一本で弾き語り、テーマは「フォークでロックでパンクな夜」。恵比寿のバーで歌いました。
モチーフは、元ストリートスライダーズ・HARRYのソロライブ。
HARRY-ONE AND ONLY- live and interview →かっちょいいから、ぜひ見てね。インタビューもとてもよいです。

さて、今年の元旦の計は「治す」「渡す」「表す」でした。まもなくの手術で「治す」、会社で抱え込んでいた仕事を長期休養に伴い「渡し」てきました。

「表す」の第一歩がこのブログなわけです。が、ライブもやりたい。2月にセミプロの人の前座に出させてもらって3曲ほど歌ってきましたが、もっとやりたい!

ライブではたくさんの「替え歌」を歌います。だって英語わかんないんだもん。今日は「替え歌」をひとつご披露。著作権気にしなくていいしね。

[Crazy Love]

1000マイルの向こうに離れていても
彼女の声なら聞き分けられる
どんなに遠い国まで離れていても
必ず着くのさ 川の流れのように

それは Love,Love,Love,Love,Crazy Love
きっと Love,Love,Love,Love,Crazy Love

とてもヘヴィなもの背負ってるときも
彼女はいつでも笑わせてくれる
中途半端な夜 想像上の夜
高円寺の夜 迷い込んだ夜

それは Love,Love,Love,Love,Crazy Love
きっと Love,Love,Love,Love,Crazy Love

yeah,そばにいて 寒い朝も
yeah,となりにいて 昼間も
yeah,近くにいて 眠れない夜も
キスしたい ギュッてしたいから

月の道をたどって 夜をたどって
たどり着いたんだ 君の部屋の窓
君はとってもよく眠ってたんで
しばらくずっと寝顔ながめてたんだ

それは Love,Love,Love,Love,Crazy Love
きっと Love,Love,Love,Love,Crazy Love

元歌は Moondance/Van Morrison
この人がそれをカバーしてます→ジェシ・デイヴィスの世界/ジェシ・デイヴィス
そしてそれを三宅伸治さんと花田裕之さんが「ジェシ・デイヴィスメドレー」としてやってます→三宅伸治プロジェクトII Guitar’s Talk
ちなみにメドレーのもう一曲「ロックンロールジプシーズ」は三宅伸治さんが「替え歌」で歌っていて、かなり好きです。こないだのライブでも歌わせてもらいました。花田裕之さんの今のバンドは「ロックンロールジプシーズ」というバンド名です。
あと、最近「BAHO」がライブでやってたと聞きました。 BAHOのCD

やっぱり、とてもいい歌だと思います

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2005.03.19

春夏秋冬

今日が長期休暇前の最終出社日でした。最後までバタバタして、結局遅くなりました。
最終に近い週末の総武線は相変わらず酔っ払いで混んでいて、ああ世の中は変わらず動いているんだなと思いました。

今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてが報われる
今日ですべてが始まるさ(春夏秋冬)

しばらく世間の荒波とやらから少し離れて、タバコでもふかしながら時間が流れていくのを見ていようと思います。
自分の流れ、を見つけてこれたらいいなあ。

いくつも嬉しいことがあった日でした。会社の女の子からお手紙もらったりしてね。
いくつかの誤解も、前向きに納得できました。みんなが心配してくれているのが伝わりました。ありがとう。

ふざけたこの街で何しよう
働いて、食って、寝るだけの窓(翼なき野郎ども)

ブルーダストの空から
光るベッドが届く
今夜きみとひかって(土曜の夜君とかえる)
※ギターは山口冨士夫さんです。新宿パワーステーションのTEARDROPSのライブで歌ったこともありました。

うねりに巻かれて君はちらばる
変わりすぎるより、たしかにひびく
生きる ことばの 速さがいいぜ(流れゆく君へ)

今夜は断然、泉谷しげるです。
よく眠ることにします。おやすみなさい。バイバイ。

IZUMIYA-Self Covers/泉谷しげる

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2005.03.18

注腸食

「注腸食」って聞いたことありますか? 僕はお医者さんに「チュウチョウショク」と言われても「昼朝食」としか思い浮かばず「???」でした。

次回「注腸検査」を行うことになりました。「X線透視下で肛門よりチューブを挿入し造影剤(バリウム)を腸内に注入します」わっちゃー!

「大腸内に便が残っていると正しい検査ができないため、検査前日は残量の少ない注腸食を食べていただきます」はあ。

【検査前日のスケジュール】
※白色の錠剤を朝食前、昼食前、夕食前に一錠ずつ服用してください。
07:00 注腸食(朝食)
10:00 コップ一杯の水
12:00 注腸食(昼食)
13:00 赤色の錠剤2錠をコップ一杯以上の水で服用
16:00 コップ一杯の水
18:00 注腸食(夕食)
20:00 粉末剤1包を冷水150mlに溶かして服用

で、できるんかい?!

で「注腸食」なるものを病院の売店で買ってきました。検査食1人前。結構ずっしりと重いです。「コシヒカリを北アルプスの天然水でお粥に炊き上げました」要はおかゆなんでしょ。

朝食:白かゆ300g、田舎煮164g、みそ汁6g、梅干ふりかけ1.6g
昼食:液状栄養食(コーンスープ)200ml、クッキー(ココア味)36g、クッキー(ヨーグルト味)40g
間食:飴6g
夕食:白かゆ300g、みそ汁6g、鰹ふりかけ2.7g
以上がセットで1995円也。

まだ恐怖の検査、および恐怖の検査前日の日程連絡はありません。できれば入院中にお願いしたいものです。でも「注腸食」、そうそう食べられるものでもない気がします。ちょっと楽しみな気持ちも、実は少しある。


※「入院中におすすめのクラシック」、いろいろ教えていただきありがとうございました。いくつか入手します。チャボこと仲井戸麗市も、本の中でクラシックを取り上げてたなあ、と思い出して調べました。
一枚のレコードから/仲井戸 麗市 (著)
モーツァルト:レクイエム

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2005.03.17

2~3週間の入院に最適な読書&音楽

今日は腹部CTと超音波の検査がありました。
CTをはじめて受けるとき、「造影剤」の使用について何度もアレルギーの確認をされます。僕は特にアレルギーはないので「はい、大丈夫です」でずっとクリアしてきたのですが、「造影剤」ってバリウムをイメージしていて、当然口から飲むものだと思っていました。
みなさん、ちがいますよー。CTの造影剤は注射です。点滴みたいな大きな鍼を腕や肩に刺して、「さあでは入れていきます」ってぎゅうぎゅう押し込むんです、造影剤という液体を。
幸い僕はそんなに痛くなかったのですが、痛い人も多いみたい。要注意です。

さて、3/20以降はいつでも入院できるようにしておいて下さい状態となりました。
そこで考えたのが、どんな本・CDを持っていこうかと。
多分入院中はずっと絶飲食で、点滴打ちっぱなしです。ずっとうとうとしていることになります。

【音楽】
この際、普段聴いててみたかったけどいつかはじっくり聴いてみたい音楽と言うことで
コンプリート・レコーディングス ロバート・ジョンソン
Somewhere Before Keith Jarrett Trio
他に、おすすめのクラシックとかあったら聴いてみたいなあ。

【本】
目標は入院中にツンドクの高さ軽減。あまり長い本ばかりだとしんどそうなので、幅広いテーマで。
アイ・ガット・ザ・ブルース―バディ・ガイ自伝
クモはなぜ糸から落ちないのか
帝国ホテル厨房物語―私の履歴書
霊長類ヒト科動物図鑑 向田 邦子

いまのところ、こんなところでしょうか。やっぱり落ち着かないと思うので短編集は必須ですよね。

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2005.03.16

アマゾンマーケットプレイスの波

昨日、今日と一日2件の注文が続きました。それまでしばらくぱったりだったんですが。

マーケットプレイスでの売れ行きって、本当に波があるように感じます。
もちろん新しいビジネス書や、その時の話題の本、購入希望者がついている希少本などがすぐ売れるのはわかるのですが、なんども販売期間を延長しているような、ずーっと売れなかった本がパタパタっと売れるときがあります。

株の世界では、合理的な説明がつかない株価変動の波を「アノマリー」というそうです。節分は天で彼岸は地、とか、オリンピックの年特有の変動とか。(すいません、うろ覚えで適当に書いてます)

マーケットプレイスにもそういうのがあるのだろうか、と思っちゃいます。新月の夜には多くの人が古本を買いたくなるとかね。

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2005.03.15

食道アカラジアの夜はふけて

食道アカラジアがすすむと、睡眠に入った瞬間に食道に残っている食べ物の残り(残滓)と唾液が混ざったものが逆流してきます。鼻や口に戻ってきて、むせて飛び起きます。疲れて眠いのに眠れないのが一番辛いです。枕にはタオルをかけておかないと、逆流物で汚れます。あまり辛いときは自分で戻します。胃まで落ちてはいないので、簡単に戻せます。

しかしそんな日々が続くうち、とうとう不眠になってしまいました。戻ってこなくても眠れなくなったのです。同時に不安やパニック障害も出始めました。仕事もピーク、4月以降、入社以来はじめての徹夜やタクシー帰りが始まりました(もちろん自腹)。

これはいよいよいかんと思って近所の心療内科を探したわけです。
今処方されているのは、
【一日2回朝晩】:
メンビット0.4mg(催眠鎮静剤,抗不安剤/ベンゾジアゼピン系/マイナートランキライザー)
【一日1回就寝前】
ゼストロミン0.25mg(催眠鎮静剤,抗不安剤/チエノジアゼピン系/睡眠導入剤)
エチカーム0.5mg(神経系用剤(含む別用途)/チエノジアゼピン系/精神安定剤)
パキシル10mg(神経系用剤(含む別用途)/抗うつ剤(SSRI)/選択的セロトニン再取り込み阻害剤)
【不安時】ユーパン0.5mg(催眠鎮静剤,抗不安剤/ベンゾジアゼピン系/マイナートランキライザー)
です。(情報源:お薬110番 病院の薬がよくわかるホ-ムペ-ジ

確かに眠れるんですが、問題は朝残ることです。素人考えですが、寝る前に飲んだ薬がすぐに胃まで届いていないと思うんです。効く時は30分で眠くなるのに、妙に効かないときがあります。多分食道で留まってるんだろうな、と感じます。
そんなとき辛いのは、翌日の午前中まで薬が残ってることです。電車の中くらいならまだしも、午前中の会議で居眠りをするようになりました。午前中の会議で自分が発言したことを丸っきり忘れることが多くなりました。らりってる状態ですね。

さすがにこれでは仕事になりません。誰に何の話をしたのかわかりません。同じ人に同じ話を何度もしてしまいます。

あ、あと、これらの薬をお酒と一緒に飲んではいけません。私は自覚のないまま自宅で酩酊状態になり、かなり家族に迷惑をかけました(ようです。さっぱり記憶にありません)。

来週から3ヶ月休職することになりました。まずは食道の手術。その後「うつ病」の経過をみたいと思います。今日は入院前なので、1ヵ月分の薬をもらってきました。多分入院中は2~3週間完全絶飲食なので薬は飲めないと思います。
さてどうなることやら。

今は入院中に持っていく本とCD選びが楽しいです。

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2005.03.13

浮世床

行きつけの床屋さんがあります。うちから一番近いというのが最大の理由なんですが、散髪中に話しかけられるのが苦手な僕には黙々と散発してくれるおじさんが具合よく、以前髪が長かった頃は二ヶ月に一回くらい、一年程前に短くしてからは毎月通っています。
でも職人さんっぽいみせだなという印象の割には、レジにPCがつながってて僕の名前や希望の髪型、前回の髪型とか入力されてるのを発見しました。結構IT化してるじゃん、と感心しました。

床屋さんの二軒隣りの自転車屋さんがあったのですが、一人でやってる店主が病気になったようで、長期休業してたら、そのままなくなっちゃいました。内装工事してるなあと見てたら、なんとそこに新しい美容院ができました。がんばってる町の床屋さんの二軒先に美容院を作るとは、この業界も仁義なき戦いだなあと思いました。一度そっと「二軒先の自転車やさん、美容院になったんですね」と言ってみたのですが、おじさんの返事は「うん、まあ」とかあいまいなもので、僕は勝手に「大変だなあ」とちょっと同情していたのでした。

今日、その床屋さんに行ってきました。いつものおじさんは福祉ボランティアで老人ホームへ散髪に行っているとかで(偉い人なんです)、いつもアシスタントをやっている娘だか弟子だかの女の子が刈ってくれました。ところが、はじめは僕一人だったお店が(いつもそんな感じなんですが)、なぜか今日は急に混んできました。店にいるのはその女の子一人。どうするんだろうと思ったら、女の子が電話をかけて一言二言話しました。するとまもなくはじめてみる若い男性が入ってきて、「いらっしゃませ!」と言ってお客さんをさばきはじめたのです。

その男性が最初にとりかかったのが常連のお客さんのようで、隣りの会話を聞いていると、なんと二軒先の新しい美容院はその男性がやっていて、しかも彼は床屋のおじさんの息子だったんです。人手が足りないとお互いにスタッフをやりくりしてるとのこと。これまで別の場所の店で美容師をやっていたが、ちょうど父親の店のすぐ近くの物件が空いたので独立したとのこと。若いお客さんや女性は自分の店で、年配のお客さんは父親の店で、と棲み分けようとしているとのこと。

驚きました。と同時に「おじさん、よかったねえ」としみじみ思いました。僕が勝手に心配したり、憤っていたりしただけなんですけど。

浮世床―マンガ日本の古典〈30〉 中公文庫 古谷 三敏 (著)
浮世床 岩波文庫

百席(2)浮世床/鶉衣 三遊亭円生
浮世床/紫檀楼古木/豊竹屋 三遊亭圓生(六代目)

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村八分

「ライブ村八分」(アマゾンには未登録ですね)というアルバムは衝撃的でした。山口冨士夫のギターがかっこいい。チャー坊の歌はラジカルだけど歌詞は意外にリリカルな面もあって、大好きになりました。長い間「幻の名盤」状態でしたので、CD化されて初めて聴くことができたのでした。
(その他、村八分のCD)
草臥れて
Live 72 -三田祭-
Recorded live 73 [SINGLE]
UNDERGROUND TAPES~1972 KBS京都スタジオ・ライブ
UNDERGROUND TAPES~1973 京都大学西部講堂
UNDERGROUND TAPES~1979 京都大学西部講堂

チャー坊は「俺らは日本語の五七五の言葉でやりたかった。それを、漢字編、カタカナ編、ひらがな編の三つでやりたかった。村八分はひらがな編で終わったけどな」と語っています。続いていたらこのバンドはどんな作品を残してくれたんだろうと想像を掻き立てられます。

またチャー坊は山口冨士夫について「フジオはオレの人生で一番かわいい人や。無邪気で純粋で、かわいい人や」と語っています。(以上、チャー坊のコメントはSO WHAT 山口富士夫より)
この言葉、とても心に残りました。友達?バンド仲間?きっといろんなことが二人の間にあったんでしょうが、こんな言葉を贈れる相手って、そんなにいないと思います。

チャー坊の数々の作品が本になっています。
チャー坊遺稿集 1950~1994
大事に読みたい一冊です。

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2005.03.12

雑誌のふろく

次男(5歳)が雑誌の「テレビマガジン」を買ってもらったようです。幼稚園児くらいをターゲットにしたヒーローTV番組の本。ふろくの充実が魅力です。ちなみに手元にある2005年3月号のふろくは、
1.ウルトラヒーローvs怪獣軍団!大決戦ストーリーCDブック
2.魔法戦隊マジレンジャー パーフェクトなりきりセット
3.マジレンジャー大登場ポスター

やっぱり心惹かれるのは、2、ですね。ボール紙に印刷・切り込み線の入ったふろくを、順番に切り取って、山折り・谷折り。のりづけ・のりしろ。

僕も子どもの頃、ふろくが大好きでした。当時(今もか?)、小学館の「幼稚園」と講談社の「たのしい幼稚園」が2大巨頭でしたが、僕はだんぜん「たのしい幼稚園」派。ちょっと硬派な感じがしたんだよね。幼い指先で、「作り方」を見ながら必死で一人で組み立てるんですが、なかなかうまくいかない。途中で我が家にセロハンテープが導入されたのは革命的な事件でした。それまではヤマトノリで貼り付けてましたから、乾くまで待たなくてはならなかったのが、思い通りのところにぴたっと固定できる。セロハンテープってすごい!

今のテレビマガジンのふろくをたまに作るの手伝ってみると、こんなに複雑なの?と唖然とします。ふろくは、たぶんコンピューターの進化によってとんでもなく複雑で、すごいものが作れるようになってます。キャラクターの紙製フィギュアを作るんですが、手順を間違うと完成できない。途中では「これ、なんの役に立つの?」と思っていた部品が最後の最後に「へえ~、こうなるんだ」みたいな意外な役割を果たしていたり。

ふろくの歴史、書いてある本があったら読んでみたい。ないかな?
少年少女 ふろくコレクション―痛快懐かし付録満載

他にいい本があったら教えてください。

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2005.03.11

血まみれの戴冠

週刊プロレスを40過ぎてもつい毎週買ってしまいます。ターザン山本が乗りに乗っていた頃のあの熱さにあてられて、いまだに「習慣プロレス」。会場へ行くことはすっかり減ってしまいましたし、深夜のテレビを見る(録画する)元気もなくなりましたが、「活字プロレス」は続いています。

ただ発売日が毎週木曜日から水曜日発売に変わったことで、なにか生活のサイクルが乱れてしまいました。読みきれないうちに次の号がでるようになっちゃたんだよなあ。

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何年も前、新日本プロレスのG1クライマックス両国国技館に一人で行ったとき、蝶野vs武藤の渋い公式戦に近くの席の、やはり一人で来ている男の子が、「ダラダラやってんじゃねえよ!」「休むなよ!」「こんな試合見に来たんじゃねーよ!」とかなり辛口の野次。僕が見てる分には「渋い」いい試合だったんですが。

場内で一人だけキレまくるそのファンに、ついに見かねた別の席のファンから「うるせえ、黙ってみてろ、これがプロレスなんだよ!」の応酬。さすが新日、さすが暴動も起きる両国国技館!と内心そんな状況を喜んでいたところ、隣の席の二人連れの男の子同士が「新日ファンはイットだからなあ」「そうだよねえ」と小声の会話。

イット?

それが「一途(いちず)」の誤読であることに気づくのにしばらく時間がかかりました。白熱するリング上とはうらはらに、腹のそこから込み上げてきてしまう笑い。ああ、これが「活字プロレス」なんだなあ、と思いました。

女子プロレスには基本的にあまり興味がないのですが、この人の自伝は面白かった。
『北斗晶自伝 血まみれの戴冠』(ペヨトル工房)
『北斗晶 全記録』 (ペヨトル工房)
アマゾンには登録されてないみたいですね。 → アマゾン「北斗 晶」検索結果

「健介ファミリー」としてご活躍の様子、陰ながら応援しています。

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2005.03.10

中島らも

中島らもが好きです。エッセイでは僕に踏まれた町と僕が踏まれた町、最近はまったのはとらちゃん的日常

バンドをやっている中島らもを一度も見ることができなかったのが残念です。ロックに関する話は全部好き。山口冨士夫さんともお友達になったようです。

トークショーのゲストにきた本上まなみに歌を捧げるシーンがひそひそくすくす大爆笑―It’s Only a Talkshow〈2〉にあります。

「ときどきどきどきするんだよ♪」

聴いてみたかったなあ。

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2005.03.09

忌野清志郎の重み

先週首都圏で配布された人気のフリーペーパー「R25」に、忌野清志郎のインタビューが載ってました。「シングルマン
」を発表したのが25歳だったんですね。やっと自分の目指すR&Bのアルバムができたと思ったのにまったく評価されず、「本物は生きているうちには認められないんじゃないかって、今も思う」、これ昔からずっとそう言ってましたね。

デビュー30周年のイベント(RESPECT!)も「演歌じゃないんだから」とイヤでイヤでしょうがなかったのに、やってみたら「けっこう俺のことわかってくれてるな」と思ったそうです。実に30年間、「わかってくれない」と思いつづけてたんですね。

デビュー35周年の今年はイベントが続くそうです。

最新アルバム → GOD 聴くのが楽しみ。

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2005.03.08

食道アカラジア(4)

苦しい検査・治療の入院は2回に及びました。一回目の入院中は二年間の休暇(上)福音館文庫二年間の休暇(下)福音館文庫」(十五少年漂流記の大人バージョンですね)を読んでました。二回目の入院時には「ロビンソン・クルーソー岩波少年文庫」を読みました。でも完全絶飲食で点滴だけの生活だと、すぐに眠くなって、あまり読み進められませんでした。

検査後、あらためて胃カメラを飲むと、あきらかに「フンモン」は広がっていました。治療成功!と思ったのですが、症状は一向に改善されません。
ちなみに6日間の絶飲食中、ずっと喫茶店のホットケーキが食べたいなあと思っていました。しかし退院直前になって、急に脂っこいものが無性に食べたくなって、結局退院直後にはトンカツを、その夜にはサンマの塩焼きを食べたのでした。

しばらくたって、経過を見に病院へ行ったところ、胃カメラで見る限り改善されているけど、症状は治まっていない、次は「ボツリヌス菌」を注射するか、手術しかないと言われました。
「ボツリヌス菌」治療についてお医者さんが調べてくれることになりました。その結果、まず保険がきかない治療であること、成功事例が決して多くはないことがわかりました。やっぱり保険がきかないのはいやだし、これ以上弄くりまわされるのもいやでした、手術は抵抗がありました。「しばらく病気とつきあっていくしかないですね」といわれ、途方に暮れたのでした。

それからの半年ほどは、鍼や気功や整体や漢方を試してみました。しかし一向に効き目はありませんでした。そして手術をする決心をしました。
3月末に入院してきます。結果はまたお知らせします。

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2005.03.06

食道アカラジア(3)

病名が判明したのは、その病院で症状を説明するうち、飲み込んだものが「つかえる」状態を見てみましょう、とバリウムを飲んだときです。通常はバリウムを飲み終わってから検査するところを、飲んだ瞬間から見てもらいました。すると、明らかに飲んだバリウムが食道下部で留まり、胃に落ちていかないことがわかったのです。

「アカラジアって知ってますか?」とお医者さんはつぶやきました。

知ってるわけないです。レントゲン写真にはバリウムが溜まった食道が映っています。通常の人の食道より3~5倍に広がっているそうです。でも「食べたものが食道から胃に落ちていない」という状況がイメージできると、自分の「つかえ感」がよく理解できるようになりました。つかえた時、あ、今胃の入り口で止まってる、あ、今ちょっと胃に入った、というのがよくわかります。インターネットで症例を調べると、全部思い当たることばかりです。体重の減少(結局4年間で8キロくらい体重が減っています)、背中の痛み(肩こりだと思っていた疼痛はアカラジアのせいでした)。

地元の専門の病院へ紹介状を書いてもらいました。それからはあらためて検査の連続です。胃カメラ(アカラジアは胃カメラでは発見が難しいそうですが、ガンや腫瘍などができやすいため検査しました)、6日間の絶飲食(後半は検査入院して点滴を打っていました)、バリウム…。明確なアカラジアです。まずは薬を飲んでみましょうということになりました。狭心症の薬が副作用でアカラジアに効いた症例があるとのことで、カルテ上「狭心症」になりました。(その後しばらく検査・治療のたびに「あれ、狭心症ですか?」と言われ、「いえ、かくかくしかじかで」と毎度説明しなくてはいけないのには閉口しました)

そこから約2ヶ月ほどでしょうか、薬を飲みつづけましたが症状は一向に改善されません。次の段階の治療にしましょう、ということになりました。食道と胃をつなぐ「フンモン」部分がふさがって動かないので、胃カメラの先に「風船」をつけて物理的に「フンモン」を広げる治療です。3~4日の入院を2回繰り返し、治療を受けました。2度目のときは、食道内の残滓(食べ物が食道内に残っている)が気管に入る危険があるとのことで麻酔なし。胃カメラが入ったままの状態で30~40分でしょうか。意識がある状態ではつらい治療です。多分人生で最大のゲップがでました。(続く)

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食道アカラジア(2)

食道アカラジアは10万人に一人とも言われる珍しい病気だそうです。手術はすることにしたものの、入院日は前日連絡という落ち着かない状況です。ネット上にも患者さんによる症例紹介が少ないようなので、自分自身のアカラジア症状を記録しておきます。

はじめての自覚症状は4年程前、妙に食べたものが胸につかえることが増えたなあ、と感じたのが始まりでした。だんだんその頻度が多くなり、また「つかえ感」「飲み込めない感じ」が強くなっていきました。なにか、食事と一緒に空気を飲み込んでいるようなイメージで、ウグッとつかえたり、つかえたままの状態が続いて苦しくて食事中に声が出せなくなったりするようになりました。

さすがにこれはおかしいと思いましたが、どこが悪いのかわからないのでどこの病院へ行けばいいのかわからないままでした。会社の定期検診の際に症状を話したところ、嚥下障害かもしれないから、まずは耳鼻科へ行ってみたら、と言われました。(このころから体重は減っており、健康診断書に「急激な体重減少に注意」と記入されました。もちろんまだ「つかえ感」と体重減少が関係あるなどとは思っていませんでした)

耳鼻科では「ごはんが胸につかえるなんて、よくあることじゃないの?」などと心無いことを言われながらも、鼻からのどまでカメラを通して検査してもらいました。ものすごく痛かったです。その結果、のどの奥まではなにも異常はない、気にしすぎじゃないの? と言われて帰りました。

その後、食べ物の「つかえ」はどんどんひどくなり、食事中に食べたものをもどすようになりました。外で食事をするときは、いつもトイレの場所を確認してから。社外の人とのランチミーティングは避けるようにしました。必ずしも固形物だけではなく、取引先で出されたお茶を飲んでも「つかえ」たりするようになりました。

病院は、今度は胃腸科へ行きました。胃になにかあるのではないかと思ったのです。普通に胃薬をもらって飲んでみました。もちろん、なにも効果はありませんでした。

この頃から、夜眠って意識が遠のいた瞬間に夜食べたものが逆流してくるようになります。食道内にとどまっていたものですから、咀嚼されて唾液がまざっただけの状態(胃液はまざらない)の流動状の食べ物が、眠った瞬間に口と鼻に逆流してくるのです。当然むせて、せきこんで目がさめます。隣に寝ている家族によると、ゴボゴボといやな音がするそうです。枕が汚れるのでタオルを敷き、枕もとにティッシュペーパーを置かないと眠れない時期が始まります。

さすがにおかしいので、別の内科病院へ行き、症状を説明したところ、「レッコウヘルニア」かもしれないと言われ、生まれてはじめての胃カメラに挑戦です。しかし結果は正常。とにかくなんらかのストレスが関係するのだろうということで、軽い安定剤を出してもらい様子を見ること数ヶ月。症状は一向に改善されません。どころか、悪くなる一方です。
(続く)

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2005.03.05

なんか調子いいぞ?

アマゾンマーケットプレイス、今月に入って毎日売れてます。コミック14冊まとめ買いもあったし。帰宅後の梱包作業、ハ・いそがし、ハ・いそがし。今週ブックオフで仕入れてきた7冊のうち5冊売れちゃったし。すげー。

もちろん、仕入れてきたもののいざ出品しようとしたらユーズド商品が大量にあって、足が出る値付けしかできなかったりもしてますが。セドリ修行ですな。

ま、もともと本棚の整理が目的で、多少おこづかいになればいいな、という動機ですから。あまりあせらず。セドリも、蔵書の販売とあわせて利益が多少出ればいいや、というつもりで。

でもそうはいっても、これは!と思って仕入れた本が予想通り高めの値段をつけることができて、なおかつすぐに売れるのって、やっぱり快感。ブームにもなりますわな。

でもあくまでもマイペースでいきます。蔵書が売れたときの「いい人に買われていっておくれ、さよーならー」という「ドナドナ」気分は忘れたくないものです。

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2005.03.04

雨が雪に変わるところさ

今夜は友人のライブを見に行ってきました。新しいCDがまもなく完成するそうです。わかったよ、ちゃんと一枚買います。

今夜も君はとても気持ちよさそうに演奏してました。いつも聞いちゃうんだけど、そんな派手なズボン、どこに売ってるんだよ?

彼は幼稚園から高校まで一緒だった、故郷の友達です。
会社の人に、なぜ僕と彼が友達なのかわからない、と言われました。そんなの、かんたんにわかるわけないよ。いろんなことがあったんだ。本当にいろんなことがあったんだ。もちろん、口もきかないシーズンもあったりしたさ。でも、ひとつふたつ、理由らしいことを教えてあげようか?

僕たちは高校を卒業して別々の土地に暮らしてた。僕が大学を卒業して、なんだかんだがあって最低な気分でにっちもさっちもいかなくなってたとき、風のうわさで聞きつけた君は僕に手紙をくれたんだ。そして、わざわざ僕のアパートにやってきてくれて「東京においでよ」って言ってくれた。「なにかが変わるよ、そのほうがいいよ」って。15年も前のことさ。当時めずらしかたコンビニに繰り出して、買ってきたロックドアイスをボウルにあけて、朝までオンザロックを飲みながらくだらない話をして、そのまま雑魚寝して。君が帰った日、僕はリクルートスーツをごみ袋に入れて燃えるごみに出した。採用面接のハガキを破って捨てて、東京へやってきたっていうわけさ。

それから何年もたって、その間にお互いにいろんなことがあって、お互いいい年こいて、みんな課長や部長やプロデューサーになったりして、でも昔と同じように酒飲んでたとき、酔っ払った君は僕の体調が悪いことを心配して「君が僕より早く死んじゃったらどうしよう」といって泣いたんだ。酔いつぶれた君はそのまま居酒屋の座敷で寝てたから覚えてないかもしれないけどね。

はりあったり、心配しあったりしてここまで生きてきた。でも、僕は君のことを信用してるし、今でも嫉妬する。お互い、元気でいようね。また一緒に歌を歌おう。

矢野顕子の歌を思い出したよ。
GRANOLA
10.「自転車でおいで」佐野元春とデュエット。

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2005.03.02

オムライス

幼稚園に通っていた頃のことです。園庭でいつものようにみんなで遊んでいました。鬼ごっこをしていました。鬼がひとり。残りのみんなが逃げて、捕まった人が次の鬼になります。

僕は姉が一人の二人兄弟ですが、たんぼを埋め立てた新しい住宅地に二年ほど前に引っ越したばかりで、近所に毎日遊べる友達はまだいませんでした。四つ違いの姉はもう小学生ですし、もう自分の友達と遊ぶのに忙しかったので、僕が子ども同士で遊べるのは幼稚園での時間だけでした。

鬼ごっこは何回か鬼が変わり、微妙なタッチがみんなの協議の結果アウトになるようなスリリングなクライマックスを何度も迎えました。子ども達の息遣いは荒く、全員が同じ興奮を共有していました。僕もいつも家でおばあちゃんとする「手加減あり」の平和で優しい鬼ごっことは全然違う、少し残酷で暴力的な感覚に浸りきっていました。
何回めかに鬼が変わったとき、同じ「竹ぐみ」の角田君がみんなに宣言しました。「次は、すわり鬼にしよう」

すわり鬼?どうやら鬼ごっこのバリエーションの一つのようです。みんなが、そうしようそうしようと声を合わせています。僕は「すわり鬼」のルールを知りませんでした。みんなはルールを少しだけアレンジして遊びを続けることになり、さらに興奮しています。背中がすーっと寒くなったような気がしました。せっかくみんなと遊べているのに。せっかくこんなに楽しいのに、僕だけがついていけない。

角田君はどうして僕だけが知らない遊びをしようなんて言い出すんだろう?
すわり鬼ってなに?
どういうルールなの?
みんなに聞いたら僕だけが仲間外れになるんじゃないだろうか?
黙ってみんなの真似をすれば、すわり鬼が僕にもできるんだろうか?

いろんな考えがいっぺんに頭の中をいっぱいに満たしました。角田君の声と、みんながあげている歓声が一つの音の塊になってずいぶん遠くから聞こえてくるような気がします。みんなが角田君のまわりに集まって行きますが、僕は一歩も動けません。一瞬なにも見えなくなり、なにも聞こえなくなりました。

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それからなにが起きたのか、覚えていません。僕は家に帰っていつものようにひとりで過ごしていました。ただ瞼の裏側にひとつの場面がこびりついていて、本を読んでいてもテレビを観ていてもなにも頭に入りませんでした。離れたところに立っている角田君が、突然眉間を両手で押さえてしゃがみこむ、スローモーションの映像です。指の隙間から黒い血が流れて、園庭の砂場に染み込んでいきました。
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その日、高校の事務員をしている母がいつもよりずっと早い時間に帰宅しました。普段とは違う出来事に、僕はドキドキしました。なにかとても心配でたまらなくなって、わざと母に「おかえりなさい、今日は早いんだね」と声をかけてみたのですが、母は恐い顔をして「こちらへきなさい」と言っただけでした。

僕と母は仏壇の前のたたみに正座をして向かい合いました。心臓がこんなに早く動くのを感じたのははじめてでした。「お母さんになにか言わなきゃいけないことは、ない?」僕はなにも言葉がでてきませんでした。園庭での最後の光景は、ゆうべ見た恐い夢だったように思えていました。僕は黙って首を少しだけ横に振るのがやっとでした。「幼稚園で角田君に石をぶつけて怪我をさせたって先生から連絡をいただいたけど、本当なの?」

石を?僕が?角田君に?僕の周りからすべての音と景色がなくなりました。母の声が遥か彼方からかすかに聞こえるだけです。どうして?僕が?大怪我?

「お友達に石をぶつけたことはもちろん悪いけど、お母さんに正直に言わないのはもっと悪い」
その言葉が僕に突き刺さりました。突然、全部わかりました。僕は今日、すわり鬼をしようと言われて、足元の石ころを拾って角田君に向けて投げたんだ。ぶつけるつもりじゃなかったのに、腹が立って不安になって、ただ投げただけのつもりだったのに、友達に怪我をさせちゃったんだ。いや、本当はそうじゃなくて僕はきっと角田君の眉間を狙って投げたんだ。知らないうちに狙ってたんだ。そして僕はお母さんにウソまでついたんだ…。
僕は泣きました。ひきつけを起こしたように泣きました。仏壇の前の畳に突っ伏していつまでも泣きました。

いつのまにかいなくなっていた母がまた部屋に入ってきた気配で、ようやく僕は体を起こしました。まだ涙も泣き声も止まらず、体は震えたままです。
「ご飯を食べたら、一緒に角田君のおうちに行くよ」母はお盆にのせた僕一人分の夕飯を運んできました。オムライスでした。いつも夕飯を用意してくれる祖母はソースやケチャップを使った料理は作れないので、オムライスは母が早く帰ってきた日だけの特別なメニューでした。でも僕はちっとも食べたくなんかありませんでした。

ようやく涙は止まりましたが、まだ体中が震えていました。僕は正座をしてスプーンを握ったまま、ちゃぶ台の上の味噌汁が冷めていくのをじっと見ていました。味噌がお椀の底に溜まっていく不思議な模様を、泣き腫らした眼でじっと見ていました。
僕は今でもそのときのオムライスの皿の縁飾りの柄を思い出すことができるのです。

純音楽一代 遠藤賢司厳選名曲集 ディスク2 8曲目「オムライス」

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ジョン・レノンと松尾芭蕉(2)

好評につき(?)、昨日のジョン・レノン―総特集KAWADE夢ムックの「ジョンが芭蕉に出会った日」からの続きです。

羽黒洞店主の木村東介は芭蕉を、日本の芸術をわかってくれたジョン・レノンに、ぜひ歌舞伎を見せてやりたいと思い、そのまま歌舞伎座へ向かいます。

華やかな舞台を一幕だけでもと駆け付けたのですが、舞台はちょうど歌右衛門と勘三郎の「隅田川」。華やかどころか陰気な舞台で、セリフもなく清元で演っている場面。子供をさらわれた母親が我が子が殺されて埋められた場所で泣き崩れるというストーリーです。
(このへん、歌舞伎を知らない僕には転記しててよくわかってません。ごめんなさい。)

こりゃ困ったと思った木村東介が「出ましょうか?」と言おうとしたら、ジョンの頬にとめどもなく涙が流れ出ている。それを小野洋子が一生懸命拭いてやっている。

ストーリーも清元もセリフもわかるわけでもないジョンの魂の中に、歌右衛門の心で演じる演技が流れ込んで、涙をいっぱいにしている…。そこで初めて木村東介は、芭蕉がわかったジョンの気持ちがわかったのでした。

うーむ、いい話です。
しかし、ジョンのように「魂で感じられない」僕は、やっぱり日本盤の歌詞カードつきのビートルズのCDを買うのでした。英語はわからん!

【この記事を読んで聞きたくなった、ビートルズのジョンレノン】
マジカル・ミステリー・ツアー → やっぱり「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」かな。
忌野清志郎もカタカナ英語で歌ってます。 → the TEARS OF a CLOWN(RCサクセション)。「Sweet Soul Music」のメドレー内で。

ラバー・ソウル → 「ひとりぼっちのあいつ(no where man)」もいいですね。


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2005.03.01

ジョン・レノンと松尾芭蕉

いま、こんな本を読んでいます。
ジョン・レノン―総特集KAWADE夢ムック

その中の「ジョンが芭蕉に出会った日」という、湯島の羽黒洞という古道具屋さんへのインタビュー取材がとても面白かった。

ジョン・レノンのことなんか知らない、偏屈そうな店主・木村東介ははじめジョンとヨーコのことを「多少煩わしいなあ」と思います。高価な浮世絵を次々と買っていくジョンのことを「良い目を持っている客なのか頭がおかしいのか」判断に苦しみます。

しかし芭蕉の「古池や~」の短冊を見つけてたとたん、買ってすぐに大事そうに抱いて離さないジョンをみて、おかしいなあと思います。そしてジョンがこう言います。

「私がこれを買って海外へ持って行くことを、どうか嘆かないでくれ。私はこの芭蕉の句のために、ロンドンに帰ったら日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭をつくり、日本の茶を飲み、そして床の間にこの軸を掛けて、日本人の心になってこの芭蕉を朝・夕見て楽しむから。どうか同じ日本人に売ったものと思って嘆かないでくれ」

この言葉を聞いた木村東介は「嬉しかったですねえ。いい人が買ってくれた」と、ジョンは「心と魂が通じる」人だと見抜くわけです。「私の生涯で最も共鳴してくれた人が、元ビートルズのジョンだった」

その後、木村東介はジョンとヨーコを歌舞伎に連れて行き……と話は続くのですが。

いい話でしょ。御伽噺みたい。
こちとら、ジョンより長生きしてしまっています。

【最近よく聞くジョンのアルバム】
CCCDとかリミックスがどうしたとか、しったこっちゃねえ。
日本語歌詞が付いてないと、英語わかんないんだもん。
ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~
LOVE ~ジョン・レノン・アコースティック・ギター~ (CCCD)
ロックンロール (リミックス&デジタル・リマスタリング) (CCCD)
ダブル・ファンタジー ~ミレニアム・エディション~

そしてもう一冊。このひと、みうらじゅんもジョンのなにかに気づいています。
アイデン&ティティ―24歳/27歳角川文庫


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