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2005年12月

2005.12.25

麗蘭とクリスマスと年の瀬

麗蘭。RCサクセションへの思い、ストリートスライダーズへの思い。仲井戸麗市さんへの思い、土屋公平さんへの思い。とても書き表せなくてこれまであまりブログには書けませんでした。
10数年前の麗蘭お披露目のツアーは、いてもたってもいられず水戸まで追っかけました。

麗蘭。

幻の曲「SOUL X'mas」、12/20~12/25の期間限定無料ダウンロード可能。急げ!

麗蘭。現在のメンバー、仲井戸"CHABO"麗市(Vo.G)土屋公平(G.Vo)早川岳晴(Bass)/北澤篤(Drum)。
5月のジャパンブルースカーニバルはチケット買ってたんですが、子育ての身となり泣く泣くチケットを手放したのでした。
今回のツアーも行けないなあ、とあきらめていたところすごい偶然が。12/23、急に子ども達がお泊りで出かけることになり、久しぶりに主夫フリーの日となりました。
一度行きたかった渋谷の「脇坂鍼灸院」へ行き(先生、そのうち詳しく書かせてね)、遅い昼食をとっているところへ、竹輪の友・松阿彌靖君からメールが。
「今日の今日で申し訳ないけど、今夜、麗蘭のライブに行かない?」

すごいタイミング! さすが松阿彌、だてに幼稚園からの付き合いじゃない! サンキュー!
そして僕はエラソーに「ゲスト」としてSHIBUYA-AXの2F関係者席で麗蘭のライブを見たのでした……。

「R&R Tonight」「今夜R&Bを…」「Merry X'mas Baby」「ハローグッバイ」「クリスマスメドレー」……。
『泣いてたまるか』というツアータイトルどおり、僕はたくさんの勇気をもらいました。

ベースの早川岳晴さんは松阿彌君のバンドに参加中で、11月の六本木のライブで前座をやらせてもらった際にお目にかかったのでした。そのご縁でのご招待。ありがとうございました。
そして、なんとバックステージパスで終演後のメンバー楽屋へ! すげー!

早川さんは僕のことを覚えてくれていて、ドラムの北澤さんに「彼のライブは面白いんだよ」と言ってくれました。年明け1/31に原宿のクロコダイルで同様の顔合わせのライブが決まりました。北澤さん、「行ければ行きます」と言ってくれました。すげー、麗蘭のリズムの二人が見てくれるかもしれない。すげー!

そして同じ楽屋にいた土屋公平さんにも挨拶をしたのでした。
あの蘭丸だよ! あいさつして握手しちゃったよ。あの土屋公平だよ!
「ストリートスライダーズはずっと追っかけてて、デビューの頃の映画も見に行きました」「あー、夜をぶっとばせ! ね」なんて話をしちゃいました。すげーすげー!

チャボさんはステージで宣言してた通り、終演後即帰っちゃったそうでお目にかかれませんでしたが、MCの「バンドでロックやってるヤツ、ひとりでロックやってるヤツ、がんばってくれよな!」は、僕のために言われたんだと勝手に思ってます。

思えば一年前の12月、身体のこと、会社のこと、家族のことでいっぱいいっぱいになっていた僕は、松村雄策さんのトークイベント「ジョンレノンは眠らない」を聴きに行き、ゲストのチャボさんにあらためてシビれてしまい、「よし、来年は手術しよう、新しい自分を展開しよう!」と腹を決めたのでした。
その夜はラッキーなことに、楽屋から帰ろうとするチャボさんに正面から遭遇し、力強い握手をもらったのでした。

今年は実にいろんなことがありました。
僕にとってものすごく荒れ狂った一年であり、ものすごく変化があった一年でした。
でもそんな今年ももうすぐ終る。
新しい年がはじまる。
グッバイ、西暦2005年。ハロー、西暦2006年。

特に5月以降のの「フォークでロックでパンクな主夫」は、実にいろんな人々に支えられてきました。新しい出会いもたーくさんありました。ありがたい。嬉しい。ありがとう。
僕は来年も「イカれた主夫」をやります。

みなさん、Very Merry Christmas and A Happy New Year!
サンタさんはきっとみんなの枕元に来るよ、今夜。
大人にも、子どもにも。
ではおやすみなさい。よいお年を。




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2005.12.21

看病記

11月の引越し、12月からの転校と環境の変化が続き、子ども達も疲れているだろうなあと思っていましたが、長男10歳、次男6歳、12月は病気の連続です。
二人とも喘息なので、急に寒い日が続いたこともあり順番にきました。

まず12/2金曜日。次男発熱、38.5℃。
土曜日午前に通院、軽い気管支炎とのことで土日寝込んで治しました。末はサラリーマンか、という回復力で月曜日には登園しました。
「風邪は土日にひいて治して、月曜日には出社してくれ!」。前の会社の社長がよく言っていました。

12/7水曜日、長男発熱、39.0℃。
小学校から携帯に電話。早退させたいから迎えにきてほしいとのこと。
はじめて入った小学校の保健室は明るくて広くて先生がきれいで。「僕も時々寝に来てもいいですか?」と言ったら怒られました。
翌日木曜日、かかりつけの小児科がお休みだったので、引越し先の近所の内科へ。こいつも気管支炎。学校は休みました。

12/18日曜日、次男再度発熱、38.7℃。
12/19月曜日は幼稚園のクリスマス会だったので無理して登園。紙芝居の出し物を立派に務めた、はず……。父さんは父母席で居眠りしており、よく覚えてません。すまぬ。
午後に通院。気管支炎「かなりひどいねー」。悪かったな、がんばってたんだな。次男、初めての点滴。父さんが入院してたときにずっとぶらさげてたあれだよ。なんなくクリア。
ほっとしたのも束の間、夜になって長男が「耳が痛い」と言い出しました。微熱も続いています。いや~な予感。

12/20火曜日は次男は幼稚園お休み。
長男は朝になったらだいぶ楽になったようなので、微熱あるまま登校。しかし帰宅後「やっぱり耳がおかしい」。小学校の個人面談を終えてから耳鼻科へ。案の定、軽い中耳炎でした……。

12/21現在、次男はまだ食欲がありませんが、二人ともとりあえず家にいるぶんには元気です。長男は平熱に戻り、学校へ行きました。

子どもの看病は親が疲れるよー、ダウンしないでねー、と主婦の方々から言われていましたが、確かにそうですね。
昨日の午前中は、幼稚園休んだ次男が眠った隣りに横になってたら、気づいたら僕だけが寝てました。
でも、喘息、発熱、気管支炎、中耳炎と、兄弟で順番にこれだけやってくれると、主夫としてはもうなんでも来い!です。
財布の中には診療券各種常備。
いつ何時、どの子の病気でも受けて立ちます! かかってこい!

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2005.12.13

ナナちゃんへ

土曜日は一緒に遊べて楽しかったよ。
アゴヒゲが生えてるおじさんが僕のほかにもう一人いて、黒ヤギさんと白ヤギさんになったね。ヤギさんたち、手紙を食べちゃうんだよね。メヘヘェ~。

ナナちゃんは折り紙上手だね。一番小さい折り紙で「ちょうちょ」折れたのにはすげーびっくりした。教えてあげた「UFO」もまた作って飛ばしてね。

ナナちゃんはお箸の使い方がとても上手。おいしい料理をたくさん食べてたね。とてもレディだったよ。ブーツもかっこよくてキマってた。
きっとお父さんとお母さんのことが大好きなんだね。お父さんとお母さんもナナちゃんのことが大好きなんだね。僕はそう思いましたよ。

僕はナナちゃんの「ギャハハ」っていう笑い方が大好きさ。9歳の子が「ギャハハ」って笑うところが大好きさ。うちにも10歳と6歳の男の子がいるけど、やっぱり「ギャハハ」って笑ってるよ。いっぱい遊べて、本当に楽しかった。あの日僕はお店に行くエレベーターのところで具合が悪くなって、「ドーソーカイ」行くのやめて帰ろうかなとちょっと思ったんだけど、やっぱり行ってよかったよ。ホントは「ドーソーカイ」って苦手なんだ。ナナちゃんと遊べてラッキーでした。

今度会うときにはナナちゃん大きくなって、あんなふうには遊んでくれないかもしれないね。でも子どもってそんなもんだよ。無理して付き合わなくてもいいからね。でも大きくなっても「ギャハハ」って笑ってね。それなら一緒に遊べなくても楽しいよ。

お母さんは素敵なお母さんだね。お父さんも素敵なお父さんだね。そのこと忘れないでね。
今度会うときも折り紙持ってきてるかな? 違うもの持ってきてるかな?
なんでもいいよ。いつでも一緒に遊びたいよ。
また会おう。また元気に「ギャハハ」って笑おう。
じゃあ、また。

※BGM「魔法を信じるかい?」仲井戸麗市
 収録アルバム「PRESENT#2」または「PRESENT#55+DVD

世の中にこれ以上物騒な事件が起きませんように。もうたくさんだよ。
誰も「ギャハハ」を止めることはできないんだ。止めちゃいけないんだ。

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2005.12.07

世界のはてのレゲエ・バー

僕がはじめて海外へ行ったのはNYでした。ローリングストーンズが何年ぶりかで「STEEL WHEELS TOUR」に出ると聞いていてもたってもいられず、当時の会社の上司も口説いて二人でコンサートチケット付きのツアーに申し込みました。結局その直後に初来日するんですけどね、ストーンズ。
JFK空港からバスでホテルに着いたのは夜遅く。腹減ったので二人でホテルの近くのバーガーキングに行きました。もちろん二人とも英語はできません。どきどきしながら「チーズバーガー、アンドフレンチフライミドルサイズ、アンドコークミドルサイズ」と必死で注文したら、連れの上司が後ろから「オールツー」だって。きたねーなー!

次の日の午前中はお仕着せの観光バスに乗らされて半日市内見学。世界貿易センタービルにも行きました。それからは夜のシェアスタジアムでのコンサートまで自由時間。
よるもフリーの日には、疲れたから寝るという上司をホテルに残してひとりでイエローキャブを拾い、ヴィレッジのライブハウスへ。何しろ一人だから心細くて。その頃のNYはヘルシー志向の始まりかけ。バドワイザー飲んでマルボロ吸ってるのなんて僕だけでした。大学生っぽいまわりの客はみんな「7up,without ices!」を頼んでました。氷なしだと量が増えるからだろうね。

毎日昼間は暇。でも金もない。グランドセントラルステーション近くのホテルから毎日散歩してました。行ってみたかったのはセントラルパークとMOMAだけ。地下鉄乗っちゃうと時間が余るので、今日は南下、今日は北上、とひたすら歩き続けました。
でも歩いてよかった。はずれに行くにつれて街の雰囲気が変わっていく感じがよくわかりました。上司はヴィレッジの本屋さんでジム・モリスンの詩集を買いました。
MOMAではキュビズム展「ピカソとブラック」というのをやっていて堪能。はじめてピカソがわかった気がしました。
セントラルパークではストロベリーフィールズ・フォーエヴァーのプレートを見て、ダコタハウスにも行ってみました。

「世界のはてのレゲエ・バー」(著:野中 ともそ)は、父親の転勤にともないNYに住むことになった高校生が主人公です。また青臭い小説発見。
日本でもレゲエクラブに通っていた主人公「コウ」はNYでも「smallest Bar in NY」という小さな汚いバーに入り浸ることになります。ホームレスとの付き合い、元カノの死、日本人のガールフレンド、そしてレゲエミュージック。「コウ」はカメラを抱えてNYのいろんな出来事に巻き込まれながら少しずつ変わっていきます。

驚いたのは新しい時代の話のはずなのに、僕も知ってるミュージシャンの曲がたくさん出てくること。ボブマーリィはもちろんとしても、フレディ・マクレガー、マイティ・ダイヤモンズ、シュガー・マイノット、オーガスタス・パブロ……。おいおい、知ってるよ、それ。昔レンタルでダビングしてカセットテープで聴いていた音楽。久しぶりに聴き直したくなりました。

NYC。また行ってみたい街です。でも今は全ての店が禁煙なんだよね。ヘビースモーカーの僕にはつらいかも。ジャマイカのほうがいいのかな?

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2005.12.03

村八分

「村八分」 山口 冨士夫 (著)
「村八分ボックス[Limited Edition]」 (CD&DVD9枚組)
「SO WHAT 山口冨士夫」大野 祥之, ソラ・コーポレーション(著)
「チャー坊遺稿集 1950~1994」柴田 和志 (著)

ずいぶん古い話です。
平日の朝05:00頃、電話が鳴りました。もしかして実家の親が倒れでもしたか、とドキドキしながら電話に出ると昔の友人からでした。
「どうしたの、こんな時間に?」
「あのさー、オレ、ジミヘンがわかったよ……」
「お前なー、こんな時間になに言ってんだよ」
「ビデオみたんだ、ジミヘンのストラトキャスターから涙が流れてるんだ、ギターが泣いてるんだ……」
「……お前、なにかやってるだろ?」
「ジミヘンのギターの音の色が見えるんだよ、光が見えるんだよ……」
友人は泣きながらまわらない舌で話し続けました。僕は適当に相槌を打って電話を切りました。
LSDでした。それ以来、彼とは連絡が取れないままです。

村八分のギタリスト、山口冨士夫の新刊です。
この本を読むと、村八分というバンドは、アシッド・ドラッグと密接に関連していたことがよくわかります。
ドラッグによるカウンターカルチャーの時代を遠く過ぎた今ごろ、村八分の音楽がシラフの僕にビンビン来るのはなぜなんだろう?

ヴォーカルのチャー坊は死んでしまいましたが、少なくとも山口冨士夫という人の中で「村八分」はまだ存在し続けている。
村八分は音楽に限定されない、ある文化を、時代を捉えており、産み出そうとしていたのだと思います。
しかしロックバンドである以上、音楽面を取り仕切る山口冨士夫にとっては、離れなければならないものでもあり、それでいて自分の身体の中に生き続けるものなのだと思います。この辺の微妙な葛藤が描写されています。

中島らもの生前の書き下ろし小説も収録されています。村八分のことはたまにエッセイなどで書いていましたし、中島らものトークショーの楽屋に山口冨士夫が顔を出したり、らも追悼イベントに山口冨士夫が参加してたり、というのは知っていましたが、小説もあったとは知りませんでした。タイトルはずばり「ねたのよい」。

山口冨士夫は最近またライブ活動を始めたそうです。行きたいけど、今は子連れなので行けない。見てきた人によると「ゴキゲン」なライブだったそうです。

村八分は今も山口冨士夫の中にあります。
「SO WHAT?」に続く、僕のバイブルです。




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