« はじめての眼鏡 | トップページ | 世界のはてのレゲエ・バー »

2005.12.03

村八分

「村八分」 山口 冨士夫 (著)
「村八分ボックス[Limited Edition]」 (CD&DVD9枚組)
「SO WHAT 山口冨士夫」大野 祥之, ソラ・コーポレーション(著)
「チャー坊遺稿集 1950~1994」柴田 和志 (著)

ずいぶん古い話です。
平日の朝05:00頃、電話が鳴りました。もしかして実家の親が倒れでもしたか、とドキドキしながら電話に出ると昔の友人からでした。
「どうしたの、こんな時間に?」
「あのさー、オレ、ジミヘンがわかったよ……」
「お前なー、こんな時間になに言ってんだよ」
「ビデオみたんだ、ジミヘンのストラトキャスターから涙が流れてるんだ、ギターが泣いてるんだ……」
「……お前、なにかやってるだろ?」
「ジミヘンのギターの音の色が見えるんだよ、光が見えるんだよ……」
友人は泣きながらまわらない舌で話し続けました。僕は適当に相槌を打って電話を切りました。
LSDでした。それ以来、彼とは連絡が取れないままです。

村八分のギタリスト、山口冨士夫の新刊です。
この本を読むと、村八分というバンドは、アシッド・ドラッグと密接に関連していたことがよくわかります。
ドラッグによるカウンターカルチャーの時代を遠く過ぎた今ごろ、村八分の音楽がシラフの僕にビンビン来るのはなぜなんだろう?

ヴォーカルのチャー坊は死んでしまいましたが、少なくとも山口冨士夫という人の中で「村八分」はまだ存在し続けている。
村八分は音楽に限定されない、ある文化を、時代を捉えており、産み出そうとしていたのだと思います。
しかしロックバンドである以上、音楽面を取り仕切る山口冨士夫にとっては、離れなければならないものでもあり、それでいて自分の身体の中に生き続けるものなのだと思います。この辺の微妙な葛藤が描写されています。

中島らもの生前の書き下ろし小説も収録されています。村八分のことはたまにエッセイなどで書いていましたし、中島らものトークショーの楽屋に山口冨士夫が顔を出したり、らも追悼イベントに山口冨士夫が参加してたり、というのは知っていましたが、小説もあったとは知りませんでした。タイトルはずばり「ねたのよい」。

山口冨士夫は最近またライブ活動を始めたそうです。行きたいけど、今は子連れなので行けない。見てきた人によると「ゴキゲン」なライブだったそうです。

村八分は今も山口冨士夫の中にあります。
「SO WHAT?」に続く、僕のバイブルです。




|

« はじめての眼鏡 | トップページ | 世界のはてのレゲエ・バー »

コメント

へえ〜、山口冨士夫関連の本なんて、あったんだね。読もうと思ったことがなかった。。。気になるなぁー。
ドラッグは・・・やったことないけど(当たり前か?)薬&酒なしで、人を感動させられるのが本物だ!って思います。。。
んでも、ドラッグやってた人の音楽でも、いいものはいい。複雑な気持ちになります。この間、ひさびさにジャニス・ジョプリン聞いてて思いました。あ〜、この人、薬やってたんだよな〜って。
今は、1年に1回聞くか聞かないか、の、ロック系のCD、だけど、やっぱり処分できないなー。

投稿: モモ | 2005.12.04 01:48

モモちゃん、「プライベートカセット」好きだったもんねぇ。冨士夫さん、原宿のクロコダイルでライブやったそうです。オフィシャルサイトは今現在タイトルのみ、っていうのも、なんからしくて笑っちゃいました。
Good Lovin' Production
http://www.eurus.dti.ne.jp/~goodlov/
FUJIO YAMAGUCHI OFFICIAL WEB SITE
http://fujioyamaguchi.com/

投稿: まろ | 2005.12.04 09:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82042/7450779

この記事へのトラックバック一覧です: 村八分:

« はじめての眼鏡 | トップページ | 世界のはてのレゲエ・バー »