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2006年5月

2006.05.28

雨の運動会

昨日、5/27(土)は小学校の運動会でした。しかしあいにくの雨。
朝6時に連絡網で「団体演技優先のプログラムで強行、ただし授業の用意も」と電話あり。この時点でお弁当は大きなタッパーから各自のお弁当へ容器の変更。
ツナとコンブのおにぎり。カラアゲ(冷凍)、たまごやき。

開会式の校長先生のあいさつも超短め。なんとか天気にもってほしいと必死です。しかし一年生、二年生と団体演技が進むにつれて雨足が強くなり、五・六年生の組体操の頃には結構強い雨でした。

結局途中中断、6/1(木)に全てのプログラムをやり直し、土曜日の子ども達は通常授業ということになりました。

僕はPTAの広報で、前日の準備風景を撮影に行きました。保体委員のお母さん達、先生方、職員のみなさん、そして子ども達。みんなで一所懸命準備をしている姿を見ました。
校長先生(女性)もジャージ姿でテント設営をしていました。
保健の先生は「組体操と騎馬戦で落ちてケガする子がいないか心配」とおっしゃっていました。
みんなで一丸となって運動会に向けてテキパキと働いている姿はなかなか感動的でした。広報の特権ですね。
みなさんも機会があったらぜひ前日に行ってみてください。運動会は当日も面白いけど、前日も面白い。

僕は木曜日もPTA広報の腕章つけて写真撮影と、「お父さんの会」の駐輪場整理。人手が足りなさそうなので忙しくなりそうです。

雨天決行についてはずぶぬれでがんばる子ども達の姿に「常識を疑う!」という意見もあったようですが、「今日だから見られた」「雨の中、組体操は感激しました」「木曜日だと見られなかった」等の声もあったそうです。
天気ばっかりはしょうがないわなぁ。
木曜日、天気になるといいですね。

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2006.05.22

B.B.モフラン&ビタシカ

昨日5/21(日)、アフリカンドラムの師匠、B.B.モフランさんのライブが行われるので日比谷公園に行ってきました。
外務省主催の「アフリカン・フェスタ2006」が2日間に渡って行われており、2日目の昨日10:30から「B.B.モフラン&ビタシカ」の演奏がありました。
B.B.Mo-franck official web
http://mamu.client.jp/

日比谷の「小野音」。20数年前、ここでライブをやったことがあります。待ち時間が長くてラムのカルピス割りをしこたま飲んでしまった僕は、本番までに酔っぱらってメロメロでした。あれ以来、ライブの前のアルコールは控えることにしています。苦い思い出。

Stage2_1
「B.B.モフラン&ビタシカ」(「ビタシカ」はリンガル語で「New Taste」の意味だそうです)は、アフリカの伝統的な楽器やコーラスと、ドラム、キーボードなどの現代の楽器を組み合わせて、とてもなじみやすいアフリカン音楽を演奏するバンドです。

今回、ステージ途中に子ども達にダンスで参加してほしいと依頼があり、モフランさんの教え子の子ども達が集合したのでした。
うちの次男は親の目から見てもダンスが上手。リズム感というか、身体の動きやキメのポーズがかっこいいんです。
しかし小学一年生になり、ちょっとシャイになりつつあり、本番ノッてくれるか心配したのですが、モフランさんのうまいリードと客席の雰囲気にのせられて、ステージでノリノリダンスを披露してくれました。よかった。
ステージも踊る、客席も踊る。アフリカンリズムはすべてのリズムの原点なんだなあと思いました。

Fue2_1
ライブ終了後は公園内に出ているアフリカンフーズの出店でケバブを食べました。おいしーい。
各国のテントが並んでおり、雑貨や食べ物の販売などをしています。うちの兄弟はケニヤブースにあった木製の「笛」に関心を示したので、買ってやりました。

「B.B.モフラン&ビタシカ」はポップな感じの歌や曲も聞かせてくれるバンドです。
よろしかったら一度のぞいてみては?
【「B.B.モフラン&ビタシカ」ライブ予定】
5/26(金)
南大塚 WELCOME BACK 
豊島区南大塚3-44-11 フサガビルB1
TEL.03-5957-5141
19:30/21:00 2ステージ入れ替えなし
2500円+ドリンク

6/29(木)
原宿 クロコダイル 
渋谷区神宮前6-18-8 ニュー関口ビルB1
TEL:03-3499-5205
20:00/21:30 2ステージ入れ替えなし
前売2500円、当日2800円+ドリンク

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2006.05.17

ハリーポッター発売

今日これからハリーポッターを買いに電車に乗って出かけてきます。
本日は第6巻「ハリーポッターと謎のプリンス」の発売日です。
地元の本屋さんも店頭に山積み、気合が入っています。
でも僕はハリーポッターを買う店は決めてるんです。

出版社の営業をしていた頃、都内のその書店へ営業に行ったある日、見知らぬ分厚い本が一番いいコーナーに山積みになっていました。子ども向きの本みたい。翻訳書でいい値段だし、そのコーナーに違和感を感じました。
「店長、これ何ですか? 売れてるんですか?」
「いや、これはな、オレが売ってやろうと思ってな」

いまやすっかり有名になった出版元・静山社の松岡社長ですが、第1巻の刊行にあたり、取次(本の問屋さん)に相談し、何軒かの書店に企画の説明をし、事前リサーチをかけていたのでした。この書店の店長はその一人でした。
「これは売り方によっては売れる!」と判断した店長は思い切った数を仕入れて、当時まだ海のものとも山のものともわからない、このハリーポッター第1巻に勝負を賭けたのでした。
ちなみに、第1巻の訳者あとがきには、この店長の名前が出てきます。

僕はその場で一冊買いました。移動の電車の中で読み始めたら止まらなくなりました。
「これ、めちゃくちゃ売れるかもしれない」と思うと震えがきました。

別の場面ですが、この店長の名言。
「本屋だって本当はみんな、売りたい本を売りたいはずなんだよ」
出版不況が叫ばれる中、本屋さんの意地とプライドを見せているのです。

「本屋さん大賞」もしかり。売りたい本、ぜひ多くの人に読んで欲しい本を売ろう、伝えていこうという意思が現場から伝わってきます。
先日の日経新聞に「本屋さんにすすめられた本しか買わないようでどうする、書店員の手書きPOPとか本屋さん大賞とか、なにごとだ。嘆かわしい」という論調の文章を知識人だか文化人だかみたいな人が書いていましたが、何を言っているのか! 本を殺しているのはお前だ! と佐野眞一にチクってやろうかと思いました。

ハリーポッター第4巻。この頃にはすでに発売前からのベストセラーになっていました。朝5時の発売解禁と同時に、全国の本屋さんで早朝販売が始まりました。
僕はその日、一時間早く家を出て、何軒かの担当書店へリポビタンDを差し入れにまわりました。

第1巻を僕にすすめてくれた件の店長は、一人早朝出勤し、路面にテーブル一つの店を出し、出社中のサラリーマンに声を振り絞って販売していました。
遠目にその姿を確認した時、僕は涙が出そうになっているのに気がつきました。
「店長、おはようございます、おつかれさまです。1セット買わせてください」
それだけしか言えませんでした。いい歳をしたオヤジが、朝一番で一人で路上で本を売っている。何かしゃべると涙がこぼれそうで、リポDを押し付けて早々に会社へ向かいました。
僕は第1巻以来、ハリーポッター全巻、そのお店の永久予約読者です。
会社は辞めましたが、そんなことは関係ありません。

今日これからハリーポッターを買いに電車に乗って出かけてきます。
ごぶさたしている店長の顔を見てきます。
今日のブログでは、ハリーポッターのアマゾンへのリンクは張りません(ゴメンネ、アマゾンさん)。
みなさん、ハリーポッターは、ぜひ近所のごひいきのお店で買いましょう。それも早いほど本屋さんにはありがたいです。
今週中に買いましょうね。

200605171142372
男一匹!
東京飯田橋
ラムラブックセンター芳進堂
店長 武藤浩平氏

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2006.05.13

「たのもう、アメリカ。」


新刊です。帯のコピーは、
 38歳、独身。オンナがひとり「人生棚卸し」の旅に出た。
 いきなりの「9.11」、アメリカで迎えた不惑。
 JAZZあり、歌あり、剣道あり。
 「まじ」で「けったい」な3年間のアメリカ殴り込み日記。

「たのもう」「殴り込み」と物騒な言葉が並びますが、著者のながのしょうこさんは大学時代の友人で、確かに物騒なオンナです。

大学卒業後15年間勤務したリクルートを退社し、充電のために環境を変えようと、アメリカでの生活を始めます。
「語学留学」といえばそれまでなのですが、「人種を超えたコミュニケーション」「価値観」「大好きな音楽」をアメリカの空気の中で吸収したいというのが渡米の理由です。
この本を読むと「なぜアメリカへ?」「英語身につけたいの?」という当たり前の疑問や想像よりも、はるかに志の高い彼女の行動の原動力がよくわかります。

ちなみに行き先はサンフランシスコの隣りの町、バークレー。
僕は何年も「あー、ミッキー吉野みたいに音楽の勉強しにバークレイ音楽院に留学するんだ」と勝手に思ってましたが、とんだバークレー違い。まったく違う場所でした。

2001年から2004年までの3年間の日記形式です。
第一幕「怒ってばかりいた最初の3ヵ月」では、郵便局の切手自動販売機に1ドル「吸い込まれ」、職員に向かって、「上等やんけ、名を名乗れ! 明日来るから覚えてやがれ~」のタンカには笑いました。
このひと、昔から人のことを「おのれ」呼ばわりしてましたから。英語とはいえ「名を名乗れ!」はいかにもです。

「9.11」もあり、彼女は授業で日々の生活で「アメリカとは?」「日本とは?」「政治とは?」「戦争とは?」「社会とは?」「自分とは?」を真剣に考え、言葉にします。
日本にいたままなら考えもしなかったことを深く考察する、これこそ海外生活でしか得られないことなのかもしれません。
日本での最近のベストセラー、国家の品格 藤原 正彦 (著)には賛否両論あるようですが、やはりいったん日本を離れてこそ見える「日本」はあるのだと思います。

現地で多くの友人を(そしてダンナも!)見つける、著者のアグレッシブな生き方に感心しました。
そして「コミュニケーション(言葉も音楽も)はエモーションである」という持論には深く納得しました。身体で体験した言葉だけに説得力があります。

海外留学を漠然と考えている人、現在海外生活をしている人、「国家の品格」を読んだ人、今の生活に行き詰まりを感じている人。
ここに「女サムライ」の体験が描かれています。ぜひ読んでみてください。おすすめします。

↓著者のブログ。結婚して、今もなおバークレー在住です。
SHOKO's Life in America ~Everyday's impressive incidents around me
http://blog.goo.ne.jp/shokobrown

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2006.05.09

ドイナカ・ロック・シティ

【ドイナカ・ロック・シティ(KISS 替え歌:まろ)】

スポーツ刈りの中学生が エレキを手に入れバンドを始める
ベースにドラムにギターは3本 アンプは一つだ全部ぶち込め!

get up! そろそろ目を覚ませよ
get down! その小さな腰をふりなよ
ここはドイナカ・ロック・シティ!
get up! そろそろ目を覚ませよ
get down! その小さな腰をふりなよ

町外れの民家に集まり わけもわからずデカイ音を出す
リズムはめちゃくちゃ メロディめろめろ
でもロックスターになれたつもりだった……

get up! そろそろ目を覚ませよ
get down! その小さな腰をふりなよ

レコード買うには隣りの町まで 列車に乗るときゃ制服着用
LP抱えて帰った道々 ビニールの匂いがたまらなかった……

get up! そろそろ目を覚ませよ
get down! その小さな腰をふりなよ
ここはドイナカ・ロック・シティ!

おっとまいった学校にバレた バンドは解散エレキは禁止
でも見ろよオレは40過ぎても
この歌のギターソロを歌えるだろ?
get up! そろそろ目を覚ませよ……


中3、あの夏のGOGO(午後、ね)の気持ちを思い出して替え歌にしました。

竹輪の友、松阿彌靖くんがオフィシャルブログを開設しました。
彼はフリーのエディター/ライター、ミュージシャンです。最新サードアルバムを発表しました。
→ 松阿彌 靖オフィシャルブログ

彼のブログでは現在、「good-bye the ambitious boy(サードアルバムタイトル)の原風景」と題したコラムを書いています。
それはまさに、僕と彼と仲間達のあの夏のGOGOについてのインサイドストーリーなのです。
→ 『good-bye the ambitious boy』の原風景、その1(それにしても松阿彌、更新頻度はもっと早くしてくれ!)

中学の学園祭での「エレキ禁止」に対して彼がとった行動のディテールなど、僕も初めて知ることがたくさんあります。おい、いったい何年ぶりに明かされる真実だよ?!
あの頃の街の匂いがよみがえってきます。

僕にとっては不本意で不愉快な事実もたくさんあり、陳腐ですが「大人は汚い」と強く抱いた気持ちは、40過ぎた今でも僕の胸の片隅で燃焼しきれず、くすぶっています。
当時、大人たちから吐きつけられた心ない言葉には、今でも怒りを感じます。クラスの同級生からも(僕にとっては)ひどい言葉を浴びせられました。とても同窓会でヤァヤァなんて同席する気持ちにはなれません。
あの頃、どこでもいいから「ここ」じゃないどこかへ行きたかった。闘い半ばにして「大人の力」に屈してしまった僕は、その先戦いつづけることもできず、見えない力に抑えつけられて、なにもすることができなかった。
あの日に流した涙より悔しい涙を、僕はいまだに流したことがない。


「デトロイト・ロック・シティ」という映画があります。
数年前の三月末、年度の売上目標を達成した僕は、自分へのごほうびに一日有給をとり、朝一番で見に行きました。新宿コマ劇場前の小さな映画館の初回上映にはほとんど人がいませんでした。
映画としてはB級なんでしょう。KISSがアイドルで、安いギターでコピーバンドをやっているスクールボーイ達が、ようやく手に入れたKISSのコンサートチケットを母親に燃やされ、それでもなんとかしてコンサートにもぐりこむまでのドタバタ劇です。
世界中には僕達と同じようなヤツラがいたことに驚きました。
僕はこの映画が大好きです。誰がなんと言おうと。

松阿彌靖君のサードアルバムはこちら。どうぞよろしく。
good-bye the ambitious boy  MAZ-AMI’Z BUZZWAY CREW

1.good-bye the ambitious boy
2.after summer of love(mF247でダウンロード可)
3.ShiZuGoKoRoNaKu……(mF247でダウンロード可)
4.back in my home town
5.ラストドライブ
6.MUJO
7.good-bye the ambitious boy(reprise)
8.waltz garnished
※無料ダウンロードサイトmf247にも登録中。

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2006.05.04

リッチーブラックモア生産工場発見!

カンバンネタです。近所の美容室です。
Kanban_1
美容室 リッチーブラックモア 2F


想像してみてください。
近所のオバサン達がなじみのこの美容室にやってくる。
「コージーパウエルがいた頃のレインボー時代のリッチー、お願い!」
「今日はイメチェンで、イアンギランにしてみようかしら?」
「てっぺんが薄くなったけど、イアンペイスならいけるわよね!」

想像してみてください。
店内BGMは、もちろん店長こだわりのディープパープル、レインボーのセレクトテープ。
「アイサレンダーは邪道だ!」が店長のポリシー。

想像してみてください。
店からゾロゾロと出てくる、ハードロックなつもりの髪型のオバサンたち。
毛はリッチーブラックモアでも、顔は日本のオバサン。
サンダル履きのその足でスーパーに向かいます。鼻歌は「ブラックナイト」。

想像してみてください。
店長と常連のオバサンが、月一回「スモークオンザウォーター」をスタジオで練習する風景。
練習の合間には持参のせんべいをみんなでボリボリ食べて休憩。

……でもリッチーって昔からヅラだよね……。




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