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2006年6月

2006.06.28

僕らのヤング・ミュージック・ショー


僕らのヤング・ミュージック・ショー
著:城山隆 表紙イラスト:浦沢直樹

著者の城山隆さんは1964年生まれ、僕と同じ歳です。
伝説のヤング・ミュージック・ショー「KISS」(1977年5月7日放映)を当時鹿児島で見て鳥肌を立ててたそうです。同志ですね。

2004年5月2日、番組「NHKアーカイブス」でKISSのヤング・ミュージック・ショーが27年ぶりに再放送されました。それをきっかけに書かれた本です。

「アーカイブス」放送担当ディレクター、収録当時のスタッフへの取材から始まります。KISSの番組をはじめに重点的に紹介。収録裏話も盛りだくさんです。
以降、ヤング・ミュージック・ショーの放映を軸に、当時の文化・社会を年表に沿って追っていきます。時系列に沿ってロックと社会の変遷を「テレビ」という視点でまとめた一冊は、その分厚さにかかわらず、読んでいて飽きません。

「ヤング・ミュージック・ショーのKISSを何歳の時に見たか?」これは重要です。著者と僕は13歳の時です。中学二年生の5月。
KISSの武道館公演のの放送は、ヤング・ミュージック・ショーの26回目だったそうです。ちなみに第一回の放送は1971年のクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル。僕は7歳、小学校2年生。さすがにまだロックに目覚めてはいませんでした。

KISSが放送された1977年、セックス・ピストルズ、クラッシュ、ストラングラーズ、エルヴィス・コステロ、テレヴィジョンらがデビュー。ジェフ・ベック「ライブ・ワイヤード」発売。イーグルス「ホテル・カリフォルニア」ヒット。邦楽ではピンク・レディーの絶頂期「カルメン’77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド」「UFO」。キャンディーズ「やさしい悪魔」、山口百恵「秋桜」、沢田研二「勝手にしやがれ」。村上龍、デビュー第二作「海の向こうで戦争が始まる」発表。
この年のヤング・ミュージック・ショーの放映ラインナップは、「ベイシティローラーズ」「ローリングストーンズ」「KISS」「GO~ツトム・ヤマシタ、ロックの旅」「ブライアン・フェリー」「グレッグ・オールマン」「サンタナ」です。

繰り返しますが僕は中学2年生。まだガールフレンドと付き合ったこともなく、友達にLPを借りてダビングしたり、FM放送を録音したカセットテープを一生懸命聴いていた頃。
まだエレキギターは持っていませんでした。姉のクラシックギターをポロポロ弾いていました。

この本の面白さは、こうして自分自身の「あの頃」を年表と重ね合わせて読めることです。
中学生が高校生になり、大学生になって独り暮しを始める。その軌跡に「ヤング・ミュージック・ショー」を重ね合わせることで、ロックの歴史と日本の文化が重なります。

今でこそローリング・ストーンズが大好きな僕ですが、ロックに目覚めた頃のストーンズは「愚か者の涙」「ミス・ユー」「エモーショナル・レスキュー」の時代でした。そりゃピンとこないわな。
しかしヤング・ミュージック・ショーでのパリ公演の映像の「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」は胸にこびりつきました。「へえ、ローリング・ストーンズってかっこいい曲もあるじゃん」。

2004年、27年ぶりの「KISS ヤング・ミュージック・ショー」が「アーカイブズ」で放映された日、僕は40歳で、自分の家族と姉の家族、うちの両親と熱海あたりに小旅行に行っていました。放映時間には民宿の喫煙所で煙草を吸っていました。なぜか出かける前にビデオをセットしておく気にはなりませんでした。「そこまでして見なくてもなぁ」という感じでした。僕の身体が壊れ始めていた頃。24時間仕事のことを考えていた頃。

ヤング・ミュージック・ショーは僕らにとって大切な番組でした。
そして僕らは大人になりました。
僕は主夫になりました。
やっぱり録画しとけばよかったかなぁー、KISSのヤング・ミュージック・ショー。
今は「ぜひ見たい」と思います。でも見たらレスポールが欲しくなるだろうなー。
不惑あたりのみなさま、おすすめの一冊です。

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2006.06.24

ブックオフのマネジメント

昨日出かけた先にブックオフがあったので寄ってきました。いつも行く店よりはずっと狭く、あまり期待もしなかったのですが……。

基本的に「105円」の棚を見たかったのですが、そこには踏み台に乗って手際よく棚の整理をする20代らしき女性の店員さんが。お客の僕がいるのも気にせず、すごい勢いで棚から本を抜き、並べ替え、本を詰め込んでいます。

一般の本屋さんでもよくある光景。今時どうなのかわかりませんが、本屋さんは棚の商品を覚えています。大きな本屋さんでしっかりしてるところでは、棚から一冊売れたら、棚下の引き出し(ストック)から在庫の本を出して補充、もし在庫がなければ発注をします。
そして長らく売れていない本を抜き取り、しばらく動いていない平台の本を棚に入れ、新刊を平台に置く、または新刊を棚に差す。
本屋さんの棚はメンテナンスが命です。

高校時代「汽車」通学だった僕は、一時間に一本しかない次の「汽車」を待つ間、駅の中の本屋さんでずっと書棚をにらんで時間をつぶしていました。買いもしないのに文庫のコーナーに毎日通っているうちに商品を覚えてしまって、なにかの本が売れるとすぐに気がついたものでした。

さて、昨日のブックオフの棚詰め女性、しばらくするとオジサン店長を連れてきました。
「今、この棚一本整理しましたが、商品の構成がめちゃくちゃです。なんで”なかたに”さんの本が”か行の著者”のところにあるんですか? 入れ方が杜撰すぎます。この棚だけで間違って差されていた本がこれだけあったんですよ。これはお客様が動かしたとは考えられません。棚詰めのアルバイトさんを、店長が厳しく指導してください。これまでいろんな店を見ましたが、これだけひどいのは初めてです。」

なんと若い女性は「本部」から来た「スーパーバイザー」さんだったのでした。オジサン店長は「はい、わかりました、すみません」と恐縮することしきり。
思わず勢いで、目の前の棚にたまたま差さっていた「ブックオフ 情熱のマネジメント」という本を買っちゃいましたよ。

確かにブックオフって、見当違いの棚に全然ジャンル違いの本が著者名だけで差してあったりしますが(それで「掘り出し物」感を味わったりもするんですが)、こんな努力を地道に続けられると、新刊書店もますますウカウカできないかもしれませんねー。


ブックオフはマツモトキヨシの店作りを参考にしてたんですね。新規出店の立地条件は「売れる」場所より「売っていただける」場所。なるほどねー。


こちらはまだ読んでいませんが、パートさん出身の女性社長になるんですよね。店内アナウンスでおなじみの清水国明さんの実のお姉さんだとか。注目です。

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2006.06.18

ライブ@東麻布

6/17(土)、東麻布のスカウトというお店でライブをやってきました。
メインアクトは松阿彌靖くん・森澤郁夫くん(ブルースハープ)のコンビです。

開演は16:00予定……なのですが、16:00の時点でお客さんは1名。
10分待ち、20分待ち、結局30分押しでまばらな客席相手にスタートしました。

6/17 東麻布・スカウト セットリスト。(アーティスト名は収録アルバムにリンクしてます)
1)ドイナカ・ロック・シティ(「デトロイト・ロック・シティ」KISS
2)I've gotta feeling(ザ・ビートルズ)
3)クレイジー・ラブ(ヴァン・モリソン
4)そんなバナナ(まろ)
5)ガソリンアレイ(ロッド・スチュアート
6)ロックンロール・ジプシー(ジェシ・デイビス三宅伸治)
7)こりゃどうも(まろ)
8)イッツ・オール・オーバー・ナウ,ベイビー・ブルー (ボブ・ディラン)
9)野生の王国(まろ)
10)ホームタウン(仲井戸麗市)

他に新曲等も用意していたのですが、リハでやったらイマイチだったのと、時間も押していたので数曲カットしました。

ラストの「ホームタウン」は仲井戸”チャボ”麗市の、カバーというよりモノマネです。
松阿彌くんが彼のブログに僕たちの中学時代のバンド騒動顛末記(『good-bye the ambitious boy』の原風景、その1)を書いてくれました。
それを受けて、今回はどうしても「ドイナカ・ロック・シティ」で始まって「ホームタウン」で終わる必要がありました。

  俺のホームタウン
  遠いホームタウン
  浮かぶホームタウン

当初自分用の「ホームタウン」に書き替えようかとも思ったのですが、あまりにも完成している曲なのでそのまま”モノマネ”をさせてもらいました。

チャボ・1950年、東京都新宿区出身
まろ・1964年、島根県安来市出身

世代と場所はあまりにも遠くはなれていますが、「ホームタウン」への想いでつながりました。
多分、この先このモノマネは封印すると思います。
見た人、ラッキーです。

共演者とお店の方に感謝。すみません、動員が少なくて。

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2006.06.13

ロヒプノールが効いてる

眠い。
朝09:00、いつものオフィス「ベローチェ」で読みかけの本を読んでるんですが、時々意識が飛びます。眠い。
部屋に帰ってちょっと横になったらグァーッと寝ちゃいそうです。
毎晩飲んでる「パキシル」と「ロヒプノール」、特に「ロヒプノール2mg」は体調によっては翌日に残ります。眠い。

いよいよ今月下旬より仕事に出ます。専業主夫から兼業主夫へ。
在宅での仕事が多くなりそうなのは、特に今みたいに怪我人がいたりすると、とてもありがたい。

ちなみに昨日、今日と、ギブスのまま退院してきた小学一年生の次男を朝08:00前に自転車に乗せて学校まで送っています。放課後はまた自転車でお迎え。今週・来週くらいはこの生活になりそうです。
ついこの間まで幼稚園へ送迎していたのですが、怪我人は重い。ひと仕事です。

朝起きてから朝食作って食べて食べさせて、出かける準備! とバタバタします。身体がゆっくり目覚めるゆとりが全然ない。非常にタイトです。
頭が回っていなくて、探し物が見つからない。今朝は、次男の母子手帳がない!
オフィス「ベローチェ」でコーヒー飲んでる頃に、「あ、あそこに置いてあるはずだ」と思い出しました。
こんなんで仕事できるのかなぁ?

会社勤めの終わりの頃も、睡眠薬の「残り」には苦しみました。午前中はほとんど頭は寝てる状態。
昨夜はワールドカップ見ちゃったので12:00過ぎに寝ました。起床は06:30。
体調さえ良ければ5時間半寝れば薬が抜けるはずなのですが、たまに今日みたいな日があります。

不眠で苦しむ人にとってもう一つの苦しみは睡眠剤との付き合いです。
仕事再開にあたって、少し軽くしてもらったほうがいいのかなぁ。お医者さんに相談してみます。飲めば30分以内に意識がなくなる今の薬は、不眠患者としては気に入ってるんですが。
もっと早く寝ろってことですかね。幸いヘビーなサッカーファンでもないので、ワールドカップも新聞で結果見れば十分だし。

しかし、眠い。

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2006.06.08

七難八苦パート2

6/1(木)、雨で順延となった小学校の運動会が仕切り直しで行われました。
晴天。暑い。
僕は子ども達に水筒を持たすのを忘れてしまい、何人もの先生からご指摘をいただき、あわてて取りに帰りました。
暑い。

そして運動会は無事終了。よかったよかったと帰宅してしばらくしたら、窓の外から子ども達の声。近所の一年生達が一緒に遊んでいるようです。同級生の次男に「行ってくるかい?」と声をかけたら、即、飛び出していきました。
フーッと一息ついていると電話が。
サッカーをしていて転んでしまい、足が痛いといって泣き止まないとのこと。どれどれと重い腰をあげて行ってみたら、お友達の家で横になって激しく泣いています。
「この泣き方は尋常じゃない、すぐに病院へいったほうがいい」と先輩ママ達からアドバイスをいただき、近所の整形外科へ自転車で連れていきました。

レントゲン撮ったら、右脚のスネの骨が見事に折れていました……。

「これは入院ですねえ、大人なら即手術でボルト入れるところですが、まだ小学一年生なら大丈夫でしょう」
これまた近くの大学病院の救急外来へ紹介状とレントゲン写真持ってタクシーで向かいました。
すぐに太ももからつま先までギブスで固定。腫れがでないように安静にしていれば大丈夫でしょう、とのこと。ちょうど小児科の相部屋の部屋に空きがありました。10日間予定の入院です。

入院初日は運動会疲れもあってよく眠ったようです。ギブスで固定してからは痛みが治まったようで、おとなしくしています。
入院三日目には「自分(次男の一人称は「自分」です)、病院に慣れたわ」発言も出て、持っていってやったマンガや本を読みながら明るく楽しい入院ライフ。
僕はできるだけ朝・夕方の毎日二回通っています。しかしいまどきの病院は完全介護なので、行っても特にすることはありません。着替えを持っていって、持ってかえって、ベッドで飲む用の水を売店に買いに行って。
入院翌日からは早くもリハビリも始まりました。今は松葉杖の練習中。今週末か来週頭には退院できそうです。

かえって不安そうなのは五年生の長男。小学生は感染予防のため小児科の病室までは入れません。次男を車椅子に乗せて談話室まで連れて行かないと会えないのです。入院後、三回くらいしか弟の顔をみていないのかな?
大切にしている「コロコロコミックの最新号」とか「ゲームボーイアドバンス」を、スッと弟に貸してやる、シャイで太っ腹な兄貴。家でも遊ぶ相手がいなくて退屈そうです。

まあ男の子だし、骨折くらいは勲章のひとつ(僕自身は骨折の経験ないんですが)。
むしろ退院してからのほうが大変かもしれません。学校への送り迎え、トイレ、入浴、一日がかりになるであろう通院……。
折れたものはしょうがないし、順調に快方に向かっているのですべて「よし」なのですが……時々心の中で本音も出ます。「メンドクセー!」
次男よ、至らぬ父親ですまぬ。

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2006.06.02

手首が痛い!

いやー、この二週間ほど、次々と面倒なことが起きています。
「願はくは、我に七難八苦を与え給へ」と言ったのは故郷の戦国武将・山中鹿之介ですが、まったくなんなんだというくらい、タイミングよくいろいろ重なってふりかかってきています。
ブログに書けないこともありますが、今日はトホホな苦しみについて。

数週間前から右手首、親指の付け根あたりが痛くなり、生活(洗い物、洗濯干し、書き物、トイレなど)に支障をきたすようになりました。ある角度に手首を動かすと悲鳴があがるほど痛い。
これはおかしいと思い整形外科に行こうと思ったのですが、たまたまその日は近所の整形外科がいっせいにお休み。近所の接骨院に行きました。

柔道整体師の先生によると、「じん帯が炎症を起こし骨が詰まってガチガチになってズレてる」とのこと。で、手首のズレは首からきており、首のズレは骨盤からきていると。はぁ。
手首のマッサージ、冷却、テーピングのほか、全身の整体をしてもらいました。
週2日通いだして二週間。「長くかかるんですかね?」「これは長いよ、整形外科に行ったら手術を勧められるかもしれない」。ちょっとビビりました。

その後やっぱり心配なので整形外科でレントゲンを撮ってもらったら、骨に異常はなく、腱鞘炎、とのこと。大量にシップをもらいました。これで治まらなければ次は炎症を抑えるために注射を打つそうです。はぁ。とりあえず即手術ではないのでちょっと安心。
家事、社会復帰、そしてなによりライブを考えると、利き手の右手首は大事。ここはシップしながら接骨院に通うことにしました。

シップ、テーピングをしてる日は洗い物とお風呂はビニール手袋着用。それはそれで不便ではあります。
先週、アフリカンドラムのレッスンに行ってみましたが、パーカッションの角度では痛くないことがわかりました。
ギターとりあえず弾けます。でもなんかのはずみでひねると痛いかも。6/17のライブにはピックを多めに持っていこうかな。歌いながら時々悲鳴をあげてピックをポロポロ落とす、珍しいライブになるかもしれません。貴重です。ぜひいらしてください。

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