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2007.10.29

トゥー・メニー・クックス/ミック・ジャガー

ジョン・レノンがプロデュースした「Too Many Cooks (Spoil the Soup)」は、今回発売されたミック・ジャガーのソロベストアルバム「The Very Best of Mick Jagger」の目玉です。

ビートルズとローリング・ストーンズのメンバーが仲良かったことは有名ですし、この曲の存在も活字では知っていたのですが、聴くのは初めてでした。
僕は勝手に、「All You Need Is Love」とか「ロックン・ロール・サーカス」とかの頃に、ブルースっぽくセッションしたのだと思い込んでいたのですが、すげえファンキーなソウルナンバーでびっくり。

レコーディングメンバーは、ジェシ・デイヴィス、ダニー・コーチマー、アル・クーパー、ジャック・ブルース、ジム・ケルトナー、ハリー・ニルソン、ボビー・キーズ、トレヴァー・ローレンス。

ミック・ジャガー30歳、ジョン・レノン33歳、ジャック・ブルース(元クリーム)30歳。
元歌は、100プルーフ・エイジド・イン・ソウルというバンドの曲だそうですが、ジャック・ブルースのベースがすごいです。いわゆるソウルのベースラインなんてブッ壊して痛快に弾きまくり、それにあおられてミックが叫ぶ。かっこいい!
ジョン・レノンがミック・ジャガーとジャック・ブルースを引きあわせた、という感じでしょうかね。

録音されたのは1973年12月とのこと。僕が思ってたより、ずっと後のことでした。ジョン・レノンとミック・ジャガーにとって、どんな時期のセッションだったのか気になったので、例によって調べてみました。

[1973]
1月
ストーンズ来日公演中止。ミック、「アリガトサン、生魚でも食べてろ!」発言。
その後、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド公演。ギタリストはミック・テイラーの時期。

8月
ストーンズ、アルバム「Goats Head Soup」発表。

9月~10月
ストーンズ、ヨーロッパツアー。

10月
ジョン、オノ・ヨーコと別居。LAに一人移り住み、傷心のあまり酒びたりのロスト・ウィークエンド(失われた週末)を過ごす。
アルバム「Walls and Bridges」制作開始。

11月
ストーンズ、ミュンヘンでアルバム「It's Only Rock'n Roll」制作開始。

12月
ジョンとミック「Too Many Cooks」録音。

こうしてみると、「Too Many Cooks」の背景は、ヨーコに追い出されたジョンが、LAでどんちゃん騒ぎをしながら知り合いのミュージシャン達とセッション、レコーディングしているところに、自身のアルバム制作やツアーの合間に休暇をとったミックが合流、たまたまスタジオが空いていたので、ジャック・ブルースも呼んで一気に録音した、というところでしょうか。
「Too Many Cooks (Spoil the Soup)」という曲を選んだのは「誰だか覚えていない(ミック)」そうですが、直前リリースの「Goats Head Soup」と引っ掛けたのかもしれませんね。
1973年のミラクルセッションです。

この年の日本の歌謡曲シーンは、アイドル時代。森昌子、桜田淳子、山口百恵、天地真理、浅田美代子、麻丘めぐみ、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎。
また、井上陽水「夢の中へ」「心もよう」、海援隊「母に捧げるバラード」、そして、かぐや姫「神田川」の年でした。他には、「てんとう虫のサンバ」「あなた」「ファンキー・モンキー・ベイビー」。

僕は小学校四年生です。まだギターには触っていません。ラジオを聴き始めた頃。かろうじて姉の「中二コース」や「明星」を見せてもらっていた頃です。
あの頃、海の向こうではこんなことが起きてたんですねー。
で、34年後、43歳の僕が、先週はじめてその音楽を聴いている。
ミック・ジャガーは画面の中で、しわだらけの笑顔でその頃を回想している。
ふっしぎ。

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コメント

まろさん、読み応えのある記事をありがとうございます。

ここまで細かく記述してあるととってもわかり易いです。

私などは全部、だいたい・・・でしか記憶してないので
すっかり「ふ~~ん、そういう時期だったのか~~」と感心しています。

まろさんが小学4年生だそうで・・・
私は20歳でした(~_~;)

この頃はもうビートルズは解散してしまって久しくて、つまらないから
吉田拓郎にぞっこんでした。

あとは、クリフ・リチャードなんかも
見に行ったりして。
ダイアナ・ロスが抜けた後のシュプリームスも見たかな。

ストーンズに関しては昔の曲ばかり聞いていました。

「神田川」は嫌いだったな・・・貧乏臭くて(笑)

投稿: 小径 | 2007.11.01 20:10

「神田川」は意味がよくわからなかったです、当時。
ただ「ギターってかっこいいな」と思い始めたのはそのへんからですね。

小径さん、いろんなコンサートに行ってらしたんですね。ぜひその頃の音楽話とか聞きたいです←リクエスト!

投稿: まろ | 2007.11.01 22:00

では、リクエストにお答えして・・・(笑)

まず、拓郎の前座で加藤和彦、井上陽水、ムッシュ・かまやつなどが出てたことがあって
陽水はその昔「アンドレ・カンドレ」という名前で「カンドレ・マンドレ」という歌を歌って
デビューしたのですが
泣かず飛ばず。

で、本名の陽水にもどして「傘がない」を
歌っていましたが、
私が見たときはステージにでてきて
何もしゃべらず、くら~~く「傘がない」
を歌って引っ込みました。

何度か行ったので
記憶がごっちゃになっているかもしれないけど
私が他に見たのは「かぐやひめ」が解散したあと、伊勢正三ともう一人大塚君と言う人と、「風」というデゥオのときに見ました。

↑これも拓郎の前座だったかもしれないです。

クリフ・リチャードは1~2年あけて
2回見に行きました。
かっこよかったですよ。

シュプリームスはやっぱり
ダイアナ・ロス抜きじゃ
うどんのおつゆのみ・・・みたいな感じで
ピリッとしませんでした(笑)

他にはカーペンターズにも行きましたが
後で考えたら、カレンがもう末期的症状だったんですね。

姉と見に行って「あれ、全部クチパクだったよね・・・」って怒って帰って来たのを
覚えてます。
だって、レコードと全く同じだったからです。
カレンはにこり、ともせず
ピアノによりかかって、シラーっと歌って
さっさと引っ込んでしまいましたから。

他は何かみたかな・・・また思い出したら書きますね。よければ・・・


投稿: 小径 | 2007.11.02 21:25

小径さん、ありがとうございます。

なーるほど。1973年は吉田拓郎も「襟裳岬」の前ですね。僕の拓郎は「襟裳岬」と「明日に向かって走れ」あたりから始まってるもので…。

カーペンターズ! 姉が「スーパースター」のシングルレコードを買ってきたので、一人のときもこっそり聞いていました。

田舎に住んでいたので、「カーペンターズを見に行く」という発想はまったくなかったですね。レコードの中身はすごく遠くで作られてるんだと思ってました。

歌謡曲の年表は、下記アドレスのサイトを参照しました。ついつい「次の年は?」って見ちゃいますよ。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/4496/ChronicleTittle.html

投稿: まろ | 2007.11.02 22:13

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