決算日
3月末で、決算を迎える会社が多いでしょうね。時節柄、暗いニュースが増えるのかもしれません。
以前勤めていた会社も3月決算でした。決算というものに縁がなくなって4年が経ちました。人事異動や新人歓迎の季節でもありますね。
4年前に食道アカラシアの手術を受け、そのまま休職・退職となったのですが、食道アカラジアの始まりはいつだったんだろう? と考えると、10年位前の3/31を思い出します。たぶん、あの日からじゃないかなー。
その頃、3/31に取引先を回って、相手方と自社の社長同士が面談、決算の売上数字を報告し、お礼をする、ということが始りました。
相手方も決算日。数社の社長さんのアポイントをかなり早くから押さえて、前日ギリギリで数字を確定し、先方にお渡しする資料を用意しなくてはなりませんでした。
当時は、全部僕が担当窓口でした。部下に手伝ってもらえるようになったのは、その次の年くらいからじゃなかったかなあ。
その年の前日、3/30には、自社の全国の営業マンを東京本社に集めて、今期の数字の見込みと売上目標の達成状況の報告、新年度の目標数字を発表する「決起集会」みたいなものが行なわれました。そのための社内資料の作成にも追われました。たしか3/29は会社に泊まったと思います。
その年はまだ資料のフォーマットも試行錯誤の段階で、なおかつ数字もギリギリまで確定せず、その数字も限られた人間しか把握できなかったので、部下に任せることができませんでした。正直「こんな日に全国決起集会って、カンベンしてよ~」と思いました。
3/30は徹夜で作った社内資料をベースに、終日営業会議。終了後は夕方から会社の近くで懇親会でした。でも僕は翌日(3/31)のために、最終確定数字が入った、社外向けの正式資料を作らなければなりません。
宴会には遅れて参加しました。資料はまだできていません。隅っこでウーロン茶を飲んでいました。
当然、みんなは二次会、三次会に流れるのですが、僕は一次会の後そーっと抜け出して会社に戻りました。
ようやく資料が完成して、関係者のデスクに配布したら、終電間近でした。「今日は帰って寝よう」と思っていたので、ギリギリ間に合いました。
帰りの電車ではラッキーにも座れたので、資料を読み返しながら、翌日3/31の報告内容をチェックしていました。
最寄り駅の2つ手前くらいで、急にひどく寒気がしてきました。アルコールはまったく口にしていないのに、酔っ払っているように頭がグラグラして、吐き気がしました。ひとつ手前の駅で降りて、ベンチで休みました。
なんだ、これ?
こんなことになったのは、初めてでした。少し休んで、その後に来た終電に乗って一駅。そして自宅までの道のりを、それこそ這うようにして帰りました。
3/31の朝は、まだ寒気と吐き気が治まりませんでした。でも、一年で一番大切な日、一年間の集大成の日。なんとか電車に乗りました。
でもダメでした。本当に、歩くのがつらかったし、立っているのもキツかった。
途中駅で降りて、会社の健康診断で行ったことがある病院に向かいました。遠かったなー。
待ち時間に会社に電話を入れ、出社が難しいこと、資料はできていることを上司に伝え、部下に指示を出しました。
お医者さんは「たぶん胃腸性のかぜでしょう」と言い、点滴を受けてベッドで休ませてもらいました。午後まで病院で寝て、なんとか歩けるようになったので、そのまま自宅へ帰りました。
何も心当たりがないのに、突然来た不調。
今から思えば、あの日が食道アカラジアの最初の兆候だったのではないかな、と思います。その後、坂道を転がるように僕の身体はボロボロになり、体重がどんどん落ちていきました。
無念だったのは、社内でも取引先でも、「あいつは前日飲みすぎて、当日は二日酔いで休んだ」ことになっていたことでした。それが一番説明しやすかったのでしょう。「違うんだ」といくら言っても、信じてもらえないし、一度広がったウワサは拭い切れないんですよね。「自己管理ができない、だらしないヤツ」というレッテルが貼られ、とても残念でした。
あの日、お酒は一滴も飲んでいません! と、あらためてここで弁明します。
まあでも、それくらい、決算日の3/31と年度初めの4/1は、這ってでも出社しないといけない、ということなんですが。
いまだに「二日酔い」だったことになってるんだろうなー。違うんだってば!
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)





最近のコメント