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2011年6月

2011.06.27

『信長協奏曲(のぶながコンツェルト)』

「タイム・スリップ」もののマンガが多いですね。

テレビドラマでも話題となった『JIN -仁-』は、現代の脳外科医が幕末の江戸にタイム・スリップするお話。

坂本龍馬と、主人公・南方仁の出会いと別れが主軸となって、大河ドラマを折りなします。

『僕はビートルズ』。現代のビートルズ・コピーバンドが、昭和30年代の日本にタイム・スリップし、ビートルズより先にビートルズの曲を発表してしまう、という話。

これらの2作に共通するのは、タイム・スリップものの永遠のテーマ、「歴史は変えられるのか?」「歴史を変えていいのか?」という、葛藤です。

最近読み始めたマンガ『信長協奏曲(のぶながコンツェルト)』も、ダメダメ高校生の「サブロー」がタイム・スリップし、本物の織田信長と入れ替わる、という話です。

しかし、この作品には「歴史を変えてしまっていいのか?」という葛藤はありません。
いかにもイマドキの高校生「サブロー」が、フツーに、のびのびと信長をやってしまうのです。
「難しいことはよくわかんないけど、天下取らなきゃいけないんでしょ、信長だから」
このノリが、なんとも痛快です。
ギャグマンガになる、すれすれ。

豊臣秀吉も、徳川家康も、明智光秀も出てきます。
「ええ~!」という、小気味のいい奇想天外な設定。
最高だったのは、斉藤道三の正体。「ええ~!」

しかし、それでありながら、「もしかして信長って、ほんとにこんなヤツだったのかもなぁ」と思わせてしまう、突き抜けたムチャぶり。
タイム・スリップものは、シビアすぎてときにちょっと疲れてしまいますが、『信長協奏曲(のぶながコンツェルト)』は、「うそ、マジっすか!」と、いかにもイマドキの若者みたいに気楽に楽しめるのが、とてもよいと思います。
「うそ、マジっすか!」
一度、リアルに発してみたい言葉かも。

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2011.06.19

エレファントカシマシ CONCERT TOUR 2011 悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~

2011/06/18、TOKYO DOME CITY HALL にて、エレファントカシマシのライブを観てきました。
彼らを生で観るのは、20年ぶりくらいでしょうか。
デビュー直後、汐留にあったPITではじめて観て、一発で気に入り、その後何度か観にいきました。
渋谷公会堂で、セットなし、照明は客電もふくめてつけっぱなし、という、非常に居心地の悪いライブも体験しています。

1stアルバムは、アナログ盤で、2ndアルバムはCDで持っています。ちょうど、そんくらいの時期でした。
3rdアルバムくらいで、ちょっとついていけなくなって、そのまま疎遠になってしまいました。
僕みたいなリスナーが多かったみたいで、販売的にはそのあたりから苦労するみたいです。
参考:Wikipedia
どうも、すみません。

次に彼らと出会うのは、TVコマーシャルでした。東芝のCM「四月の風」。
「おー、なんか、ふっきれたんだなぁ」
と思い、またその曲が耳にこびりつき、アルバム『ココロに花を』を買いました。

1996年。前年に長男が生まれ、僕が会社人間バリバリの時期。このころはライブを観に行くことがすっかり減っていて、生で観るにはいたりませんでした。しかし、次のアルバム『明日に向かって走れ-月夜の歌-』も買いました。

ヒット曲「今宵の月のように」も好きでした。このころ、どうしてもカラオケを歌わなきゃいけないときに、何回かこの曲を歌いました。

しかし、なんだか次々にアルバムがリリースされて、追いつけず。その次に買ったのが、『STARTING OVER』でした。タイアップ(CM)曲「俺たちの明日」「笑顔の未来へ」がとってもよかったので。

なので、実は「ガストロンジャー」を聞いたのは、わりと最近のことなのでした。すんません。
そして、いよいよ、僕にとっては「満を持して」という感じでライブのチケットを取りました。待たせたな、エレカシ。

まず、お客さんの層が広い。僕くらいのオッサン、オバハンから、高校生くらいまで。これは、なかなかすごいことだと思いました。
そして、大昔の不遜なMCはもちろんなく(「お前ら、RCサクセション聞いて踊ってろ!」「少しは黙って人の話を聞けよ!」など)、途中具合が悪くなったお客さんがいたため、演奏を中断して気遣うなど、やっぱ大人になったのねー、って感じ。でも、イヤな歳のとり方じゃないです。たいして変わってないです。

中学・高校の仲間とつくったバンドが(結成1981年、現在のメンバーになったのは1986年)、今なお同じメンバーでやってるって、すごいです。
ボーカルの宮本浩次はすごいヤツだと思うのですが、メンバーを頼りにして、信じ切っている感じが、ビシビシ伝わってきます。このメンバーのままじゃなかったら、彼は今も歌っていることはなかったんじゃないかな。

そして、音がでかい。
宮本浩次のボーカルが、爆音のエレキギターのように突き刺さります。
僕はステージに向かって左寄りにいたのですが、PAのスピーカーから直撃しちゃったのか、終演後久しぶりに左の耳が鳴っていました。

あの歌、バンドのサウンド、パフォーマンス、全部に釘づけになりました。行ってよかった。ものすっごく、刺激がありました。
やっぱ、歌ってすごいね。音楽って、すごいね。
エレファントカシマシ、また観に行きます。

ツアータイトルにもなった、現時点での最新盤。3パターンがありますが、ライブDVD付きのこの盤が一番いいんじゃないかな?

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2011.06.15

誕生日恒例の「焼肉」を安くあげる方法

今日は長男16歳の誕生日でした。
子どもたちの誕生日には、外食が定番。
この日のために、日頃節約した「ショボ飯」を食っているわけです。誕生日とクリスマスくらいは、パーッとやろうじゃないの! という、ガス抜きの日です。

「何食いたい?」と聞けば、「焼肉!」と答えるのはわかっていますが、念のため聞いてみます。
「何食いたい?」「焼肉!」ほら、やっぱり。

問題は、近所に安い焼肉屋さんがないんです。
去年、次男の誕生日に行った、新しい安めのホルモン屋さん、今日見たらもう撤退してました。早っ!
で、結局、ずっと以前からある、「決して高級ではないけど、チェーン店のようには安くない」焼肉屋さんに行くことになりました。

一年前、甘く見ていました。
ヤツらの胃袋を、まず満たしちゃおうと思って、サラダとか、キムチとか、サイドオーダーを多めにしたんです。もちろん、ライスは最初から。
しかし、結局、食う肉の量は減らず、3人で結構な料金になってしまったのでした。

そのお店は、クレジットカードが使えないので、念のために昼間銀行に行って、ちょっと下ろしてきましたよ。
一年前の失敗をふまえ、飲み物(ドリンクバー。僕はビール)と、子どもたちのご飯を頼んだら、あとはいきなり肉です。
タン塩でスタート、ロースにカルビ。おお、なんだこの「ハラミ祭り」ってのは! 安いじゃないか!
これじゃこれじゃあ!

「ハラミなら、お代わりしてもいいよ」と、余裕の発言が出るころには、意外なことにヤツらのペースが落ちてきていました。
肉をおかずに、どんぶり飯を食べ終わっています。
ははあん。これだな。
要するに、「飯がすすむオカズ(今回の場合、肉)」を先に頼んじゃえば、ヤツらはまだ自分の食欲を見切っていないから、アホのように飯をくうわけです。
米でお腹をいっぱいにさせるためには、先に肉を頼むのが一番早道だったんです。

おお、まさに目からウロコ。
ヘタにサラダとか頼んでも、おかずにならないものじゃ、あんまり関係ないわけだ。
「え、もういいの?」
と拍子抜けする結末で、支払いも予想の(一年前の)、2/3ほどですみました。な~んだ。

これでもう大丈夫。焼肉の攻略法は見えました。
唯一惜しむらくは、ハラミの順番を間違えたな~。もっと早く頼めばよかった。

腹をさすりながらの帰り道、「く、苦しい」と訴える子どもらを横目に、僕の口元には思わず笑みがもれていたのでした。
ふふん。焼肉なんて、こわくないぜ。
あとしばらくの間はな……。

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2011.06.11

「はい!」といい返事をする子(人)が陥る2つのパターン

元気のいい「はいっ!」っていう返事は、気持ちがいいものです。
それだけで、「うん、元気あるな」と思っちゃいますよね。
でも、最近、感じたことがあるんです。

返事がいい子(人)の中には、ちょっと注意しなきゃいけない場合もあるのかな、って。

ひとつは、返事慣れしてしまう人。
「はいっ!」と返事をすることが習慣になっていて(それは、とってもいいことなんだけれど)、実はその後の行動が伴っていないことに、案外誰もが気がついていないケース。
いい返事、だけでまわりの人たちが安心しちゃって、本人も返事をほめられることで安心しちゃってる。
だから、返事だけ、の状態に、本人もまわりも慣れちゃってる。
返事はヘタだけど、黙ってちゃんと言われたことをやる子のほうが、損な役回りになりがち。

もうひとつは、自分の「はいっ!」を重く受け止めてしまう人。
ちゃんと返事をした以上は、絶対にちゃんとやんなきゃ、って、ひとりで抱え込んで、あっぷあっぷしてしまう人。
そういう人の多くは、「ちょっとキツイから、手伝って」ってなかなか言えない。
だから、どんどんどんどんため込んで、苦しくなっちゃう。
手を抜くことが苦手なんだよね。

返事だけじゃなくて、その子(人)がそれをどう受け止めて、どう行動するのか、までよく見てないと、その子(人)のためにならないよね。

最近、後者の人(大人)の本心にふれることがあって、反省しました。
「そんなに抱え込まずに、つらいときは言ってね」
でも、それができれば、苦労してないんだよな。

息を抜いて、手を抜いて。
がんばらない時間も、つくって。

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2011.06.03

最後の運動会

5/21(土)は、次男の小学校の運動会でした。6年生なので、「運動会」はこれが最後。中学になると、全然別のものになりますからね~。

何よりも、天気に恵まれました。風はありましたが晴天。
長男5年生、次男1年生の運動会は、少雨の中、決行。しかし雨脚がどんどん強まり、途中で中止。後日、全部やり直しになりました。
「運動会に一番必要なものは、天気だ」
とわかりました。

次の年からは、PTAで「てるてる坊主」をつくることにしました。
そしたら、それ以降は全部晴れ。
やっぱり、てるてる坊主は、効果があるんです!

さて、運動会。僕は本部席のうしろに立って見ていました。
高学年の子たちは、いろんな係の仕事をこなしながら、自分も参加するのですから、競技ごとにみんながバタバタしています。

途中、本部席に、4~5歳くらいの男の子が、迷子で連れてこられました。
砂埃で汚れた顔に、涙の跡が何本も。
放送で迷子の案内が流れました。

そしたらね。
椅子に座って、まだヒックヒックしているその子の脇を通り過ぎる小学生たちが、何にも語らず、その子の頭にポンと手を乗せたり、肩にタッチしていったりするんです。
「大丈夫だよ!」のメッセージを、言葉じゃなくて伝えてるんですね。

「あ~、この小学校の子たち、みんな、見せかけじゃない本当の優しさを知っているんだなぁ」
と思ったら、泣けてきました。
あの日、本部テントの後ろで、柄にもなく泣いていたヒゲのおっさんが、僕です。

さて。
フェイスブックに、衝動的にページをつくってしまいました。
題して「親バカ!ミュージアム」。

すべての子どもは芸術家である。を前提に、わが子のアートを自慢し、ほめあう、というコンセプトです。
よろしかったら、のぞいてみてください。
ホンワカしますよ。

親バカ!ミュージアム

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2011.06.02

麗と蘭と僕

麗蘭のライブ、6/1、南青山MANDALAに行ってきました。
東京初日。
4月の予定だったライブが、6月に延期になりました。

今回は、仲井戸”チャボ”麗市と、土屋”蘭丸”公平、二人だけのアコースティック・バージョン。
これから行く人も多いでしょうから、できるだけネタバレは避けますね。
ちょっとヒント。初期の曲、わりと多めでした。あの曲とか、あの曲とか。うーん、書きたい……。

麗蘭の20周年。
「麗蘭の20周年は、チャボさんが60歳で、僕が50歳なんです」って、確かに去年のライブ(?)で、蘭丸が言ってました。
おお、あれから20年か……。
客席に、麗蘭を初めて見る、という人はほんのわずか。
20年前からずっと見てます! っていう人が、確かに多そう。僕もそうなんですが。

1991年。
RCサクセションと、ストリート・スライダーズが、ほぼ同時に活動を休止。それは、とてもショックなできごとでした。
スライダーズはのちに活動再開しますが、RCはそのままフェイドアウト。
公式に活動休止がアナウンスされるやいなや、音楽雑誌に「麗蘭」としての活動開始の広告が載ったのを憶えています。

麗蘭は、当初はライブのみで、CDをつくる予定はなかったそうです。
スタートは、いきなりツアー。初日が新潟。それが、1991年4月のこと。
当時フリーターだった僕は(フリーターなんて言葉はまだなくて、プータローと言われていた)、「あの」CHABOと、「あの」蘭丸が組んだら、いったいどんなユニットになるんだろう? と興味津々。
二つのバンドがストップしたことへのやるせなさを、麗蘭への期待にぶつけるように、バイトを休んで、水戸までひとりで観に行きました。
たしか、東京でのライブの日程がまだ発表されてなかったんだな。それで待ちきれなくて。

水戸は、サントピア?だったっけか?
帰りにバタバタするのが嫌だったので、駅前のビジネスホテルに泊まりました。
せっかく来たんだし、と翌日、偕楽園に行きました。
あんなとこ、ヤローひとりで行ってもしょうがないね。おじさん・おばさんたちのツアーがいました。「梅うどん」(?)っていうのを、ひとりで食べました。

水戸のライブは、衝撃的でした。
チャボのソロライブは見たことがありましたが、また違うノリ。もっとセッションっぽいのかと思っていたのですが、オール新曲。
「ああ、チャボは、RCには戻らないんだろうな」なーんて、思ってしまいました。

蘭丸のギター。ビシビシ新しい音、新しいフレーズが生まれていました。
スライダーズでは聞けなかったギター。

そして、チャボがやたらと「オン・ベイス、は・や・か・わ・た・け・は・る、ハヤカワ~!」と叫んでいました。
後にその「ハヤカワ」早川岳晴さんと、一緒に演奏できる日が来るなんて、まーったく思いもよりませんでした。

あれから20年。
チャボにとっての20年。蘭丸にとっての20年。
僕にとっての20年。
う~ん、感慨深い。




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