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2014年5月

2014.05.27

2014年4月はじまりの22:00ドラマ

すみません。もう5月も終わろうかというのに。
実は、ドラマを録画したのはいいけれど、なかなか観ることができず、今日まで来てしまいました。
にしても、もういい加減なので、途中までしか観ていないものもありますが、定点観測の報告です。

【火曜日】
ブラック・プレジデント(フジテレビ系)
沢村一樹、3の線です。まあ、この人はいろんな役ができますから、安心。
問題は、黒木メイサだ。これは完全に主観ですが、この人を「いい!」と思ったことがないんです。結局「任侠ヘルパー」の女組頭役が一番よかったんじゃないかなー。
むしろ目を引くのは、門脇麦。いい味出してます。「美咲ナンバーワン!」にも出てたんですね。ごめん。覚えてない。

【水曜日】
花咲舞が黙ってない(日本テレビ系)
池井戸潤ならなんでもいいのか! と言いたくもなりますが、まあそれなりに面白く観ています。
杏を最初にきちんと観たのは、たぶん「名前をなくした女神」。時間帯は違いますが、幼稚園ママの生々しい生態が、「あるある!って感じなのよ~」と飲み屋のオカマの店長にすすめられ、DVDで観ました。
その後、朝ドラに出るまでにメジャーになりました。でも「ベラ」のイメージが抜けない人も多いはず。
ちなみに、上川隆也は、僕が「平日22:00ドラマ」を定点観測するきっかけになったドラマ「スワンの馬鹿!~こづかい3万円の恋~ 」の主役でした。お懐かしや。
日テレのこの枠、少し前から「60分」になったのですが、やっぱりちょっと長くない?

【木曜日】
続・最後から二番目の恋(フジテレビ系)
ごめんね。ぶっちゃけます。前作も観ていたんですが、なぜ続編がつくられるほど人気があるのか、よくわからないんです。
主に、小泉今日子の生活や言動に女子が共感しているんでしょうが、僕にはよくわかりません。
中井貴一も「どうかなー」と思うし、坂口憲吾が、2クール連続で同じ局の同じ時間帯に出演する(「医龍4」ね)のも、あんまりよくないと思う。キャラが全然違うし。
ただ、前回に引き続いて、内田有紀は頑張っていると思います。この人、もう38歳。ぶっ壊れた演技で、一回り大きくなるんじゃないでしょうか。←オレは何様だ!

【金曜日】
アリスの棘(TBS系)
上野樹里がイタイ! また女性ファンを減らすんじゃないでしょうか。
オダキリ・ジョーとか、国村隼とか、脇役には工夫していると思うのですが、何しろ上野樹里に共感できない。「上野樹里の部屋に干してある洗濯物に、下着がない」など、突っ込みどころもいろいろあります。
いわゆる「ダーティ・ヒロインもの」なんですが、過去にも仲間由紀恵や、菅野美穂、榮倉奈々などが玉砕してきたジャンルなわけです。
これは「罰ゲーム」だと思うことにします。
心配なのは、栗本千明です。せっかくのこれまでのキャリアが、台無しになろうかというダメダメぶり。
魅力のある女優さんを、無駄に浪費しているように思えてなりません。
やっぱり「罰ゲーム」だと思う。

今期の22:00ドラマは、はっきりいってレベルが低いと思います。まだ録画に追いついてないけど。
僕はこの時間帯の民放ドラマに、大きな感動は求めていません。
肩の力を抜いて、ビール飲みながら、一日を締めくくりたいだけなの。
そういう意味では、「ブラック・プレジデント」が一番お気楽かもしれません。

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2014.05.15

秘蔵音源を大放出、山口冨士夫の関連アルバム4作品発売

(最新音楽ニュース ナタリー記事より 2014年5月11日 16:44)
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山口冨士夫のミニアルバム「RIDE ON!」がデラックスエディションとなって5月28日に復刻。さらに彼が率いるTEARDROPSのレアトラック集「FUNNY DAYS<UNRELEASED AND RARITIES>」と、初のベストアルバム「SUNNY DAYS<ULTIMATE EMI YEARS>」、ライブアルバム「ラヴ・ゲリラ 1988-1989LIVE」が6月25日に同時発売される。
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山口冨士夫「RIDE ON!(deluxe edition)」
01. ROCK ME(リミックス)
02. NO SONG(リミックス)
03. 酔いどれ天使(リミックス)
04. ブンブン(リミックス)
05. OCEAN(84年10月23日スタジオセッション)
06. 死ぬまでドライブ(85年2月22日スタジオセッション)
07. イカれてブルー(85年2月22日スタジオセッション)
08. はじけろ(85年2月22日スタジオセッション)
09. ROCK ME(オリジナルミックス)
10. NO SONG(オリジナルミックス)
11. 酔いどれ天使(オリジナルミックス)
12. ブンブン(オリジナルミックス)

TEARDROPS「FUNNY DAYS<UNRELEASED AND RARITIES>」
01. Funny Day
02. ヒッチハイク
03. ROCK ME
04. ON THE ROAD AGAIN
05. すったもんね
06. 急がばまわれ
07. 土曜の夜君とかえる
08. フラフラ
09. その点シェイキン
10. いつでも来いよ
11. いい時ばかり
12. いいユメみてね
13. オンボロ
14. もう一度
15. 終わりのダンス
16. 皆殺しのバラード

TEARDROPS「SUNNY DAYS<ULTIMATE EMI YEARS>」
01. ここまでおいで
02. 瞬間移動できたら(PVバージョン)
03. 夢じゃないぜ
04. いきなりサンシャイン'90
05. NOWHERE MAN
06. いいユメみてね(シングルバージョン)
08. フラフラ(シングル)
07. 谷間のうた(シングル)
09. グッ、ナイト
10. Talk To Me Baby
11. 黒い夜
12. もう一度
13. ノックアウト シャットアウト
14. 風にとけて(シングルバージョン)
15. 終りのダンス
16. 皆殺しのバラード

の3点は、good lovin' で予約すると、特典のCD-Rとかがあるみたいです。

一応、アマゾンのリンクも。

「ラヴ・ゲリラ 1988-1989LIVE」の特典情報は、今のところ未入手。

【収録曲】
CD
01. まいた種
02. その点Shakin'
03. Talk To Me Baby
04. 瞬間移動できたら
05. うまくダマしたつもりかい?

DVD
01. ロック ミー
02. ぶんぶん
03. 死ぬまでドライブ
04. バイ バイ Baby
05. ふらふら
06. 飛び出せハイウェイ
07. グッモーニン
08. さびた扉
09. いきなりサンシャイン
10. ピッカ ピカ ダイヤモンド
11. うまくダマしたつもりかい?

「ラブゲリラ」のVHSビデオは、宝物。復刻、バンザイ!
あと、「FUNNY DAYS」収録の、泉谷しげる『土曜の夜君とかえる』。新宿パワーステーションかなんかで聴いて、腰が抜けそうになりました。

故・山口冨士夫の古い音源が、こうして公開されるのは、よいことだと思います。

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2014.05.11

オレには母の日のプレゼントはないのか!

今日は日本とアメリカでは、「母の日」。

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アメリカでは南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり「母の日宣言」(Mother's Day Proclamation)を発した。

1937年(昭和12年)5月8日に、第1回「森永母の日大会」(森永母を讃へる会主催、母の日中央委員会協賛)が豊島園で開催された
(Wikipediaより)
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ほほう。「夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒否しよう」が、発端っていうのは、興味深いよね。
母、強し。
日本での普及には、森永がかんでたか。バレンタインデー的な。
森永、強し。「わしらに さからいおったから 森永つぶしたる」。懐かしい。

一方、父の日。
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最初の父の日の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
(Wikipediaより)
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やっぱりな。
昔から「父の日」に対して、
「なんで母の日だけあって、父の日はねーんだよ、バカヤロ!」
的な、投げやり感というか、やきもち感というか、どうでもいいじゃん的なものを感じていたのですが、やはりそのままでした。
「嘆願」されてできたんだよ、父の日。

「母の日」を忘れるとたいへんなことになりそうだけど、「父の日」は忘れられがちだよね、きっと。

ヒゲの生えた母である僕からすると、だんぜん、「母の日」にお祝いとか、感謝とかしてもらったほうがうれしいと思う。
「父の日、おめでとう!」って言われても、なんかピンとこないよ。

つーか、お前ら、オレの誕生日もロクに覚えてないだろ!
ま、いいんだけど。

長男が、高校生のときはじめて「職務質問」され、翌日交番から電話がありました。
いくつか確認事項のあと、「ところで、お父さん、43歳でいいんですよね?」と言われた。48歳じゃ!(当時)
ま、若く間違えたぶんは、許しといたる。
まさか、計算ずく?

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2014.05.04

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2014年4月10日
スポニチ SponichiAnnex

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清志郎さん 生前書き記した「小説(?)」自宅から見つかる

 不世出のロックシンガー忌野清志郎さん(享年58)の5回目の命日を来月2日に控え、生前に書き残していたノートが東京都内の自宅から見つかった。そこには、記憶にない実母への思いが書かれてあり、「ぼくに会って下さい」と実父に懇願する手紙の草稿もあった。清志郎さんは自分の歌が発売中止になろうとも歌い続けた。彼の歌はなぜ今も愛され、そもそも人はなぜ歌うのか。その答えが、このノートにあった。

 ノートの表紙には、筆で「ネズミに捧(ささ)ぐ詩」と書いてある。その下にボールペンで「88年1月23日~」とあるが、「次のアルバムのため」という一文や冒頭の数ページが、上から筆で黒く塗りつぶされており、ノートの趣旨を途中で変えたことがうかがえる。清志郎さんに何があったのか。

 その理由を解くカギはノート中盤に出てくる。「前略」のタイトルで始まる手紙の草稿だ。

 「新井弘様 ぼくは今、小説(?)を書いています。RCのツアーで忙しい毎日ですが、書かずにはいられないのです。歌ではとてもいい表せそうもないので、稚拙な文章なのですが、とにかく書き始めました。(中略)近いうちに会って下さい。いろいろな話をうかがいたいのです。人生は忙しくて、あまり時間がありませんが、時間を作ります。ぼくに会って下さい。清志」

 新アルバムのための制作ノートが、途中から詩や日記による私小説の下書きに変わったのだ。それにしても「歌ではとても言い表せそうにないもの」とは何なのか。どうしても会いたい「新井弘」とは一体誰なのか。

 当時の清志郎さんのスケジュール帳を見てみると、ノートをつけ始めて1カ月後の2月25日に「父急死」とある。ノートには、翌日のラジオ番組出演中に父親の死を知った衝撃と、その数日後に親戚のおばさんが「うちに置いとくより清志ちゃんが持ってるほうがずっと価値があるよ」と3冊のアルバムを持ってきたことが記されている。

 そのアルバムには「本当の母親」の写真や手紙、短歌などがあり、昭和30年(1955年)の新聞紙でのりづけされていた、ただし書きがあった。

 「清志と毅のために保存して置く 30年9月 新井弘」

 清志郎さんは3歳の時に実母の富貴子さん(享年33)と死別している。実父は清志郎さんの実弟だけを引き取り、清志郎さんは富貴子さんの姉夫婦の養子となったのだ。

 育ててくれた父母が実の両親ではないと聞かされたのは、継母が86年に他界した時。継父から「俺は本当の父親ではない」と告げられたとされる。その継父も2年後に亡くなり、育ての両親を失ったのをきっかけに、筆を執ったのだ。

 おばさんが持ってきてくれたアルバムには、初めて見る実母の写真があった。ノートには「HAPPY」と題し、その時の抑えきれない喜びようが残されている。

 「わーい、ぼくのお母さんて こんなに可愛い顔してたんだぜ こんなに可愛い顔して 歩いたり、笑ったり、手紙を書いたり 歌ったり 泣いたりしてたんだね」

 「37年近く生きてきて とにかく初めての気持ちなんだ とっても幸福な気持ち だけど、涙がどんどん出てきちゃうのさ 気がつくと、ぼくの目に涙があふれてる 涙が流れ落ちるんだ その可愛い顔が見えなくなっちゃうんだ」

 清志郎さんは、富貴子さんの笑顔の写真を服のポケットに入れて持ち歩いた。ノートには「いつも恋人といっしょだ」とあり、実母を「彼女」と呼んでいる。それは自分を産んでくれた人への特別な思いだけではない。幼い頃から自分が「そのへんの奴(やつ)らとは決定的に違う」と感じていたことや、なぜ歌わずにはいられないのかといった根源的な謎を全て晴らしてくれたからだ。おばさんの興味深い証言がノートに残されている。

 「お前の本当のお母さんはね(中略)30過ぎても、当時の人が着こなせないような、赤や緑の服を平気で着ちゃうような人でね…。いつもおもしろい事を言って、みんなを笑わせてね、歌が好きで、とても上手だった。そうそうレコードもあるんだよ。死ぬ少し前に録音してね、死んでからレコード盤にしたんだよ」

 清志郎さん、そのものだったのだ。

 清志郎さんが「ぼくに会って下さい」と懇願した相手は、実父である。

 「新井弘様」宛てに実際に手紙を出したかは分からない。ただ、清志郎さんが06年7月に喉頭がんの闘病生活に入ってから父子2人で温泉旅行などに出掛けている。そして昨年、他界した。

 ノートをつけた88年の末、RCサクセションはアルバム「コブラの悩み」を発表。収録曲「からすの赤ちゃん」は、富貴子さんがSP盤レコードに吹き込んでいた歌だった。そして翌年発表した「デイ・ドリーム・ビリーバー」の♪もう今は彼女はどこにもいない――という歌いだしは、富貴子さんのことである。

 人はなぜ歌うのか。清志郎さんのノートには「お客さんがジーンときて ホロリとするようないい歌とやらを歌うよりも 普段思ってることや考えてるアイデアを歌いたい」とある。反体制、反原発などラジカルなイメージがあるが、自分が心奪われたことや疑問に思ったことを、あふれ出る感情のまま素直に歌い続けただけだった。

 ノートに書いてみても、歌にしてみても、どうも言い表せそうにないから手紙にもしたけど、やっぱり伝えきれないから、きょうもあしたも歌っていた。そんな人だった。

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