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2015年1月

2015.01.20

やっぱりシンディ・ローパーについていきます

シンディ・ローパー ~30周年アニヴァーサリー・セレブレーション ジャパン・ツアー 2015
1/20の武道館に行ってきました。

セットリストは、これ。
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(画像は、Legacy Recordings JPのFBより拝借)

「タイム・アフター・タイム」の前に日本語で「忘れないわ」、アンコールで「上を向いて歩こう」をこれも日本語で。
最後のダルシマー弾き語りの「トゥルー・カラーズ」の前にはジョン・レノンの「イマジン」。
オープニングから武道館のアリーナ中央から登場したシンディ姐さん。何度も何度も客席に降りてきました。

2011年3月18日。まだまだ混乱が続く中、日本公演を決行した、シンディ姐さん。
渋谷駅からオーチャードホールまでの道のりは、人通りも明らかに少なく、店の明かりも消えていて、いつもの渋谷とは全然違いました。

でもあの日、僕たちはまちがいなくシンディ・ローパーに励まされました。
僕は直接の被災者ではないけれど、「いったいどうなるんだろう?」という不安を抱えた日本の観客に、「大丈夫。せめて私の音楽を聴いてちょうだい」と、手を差し伸べてもらったような気がしました。
あの日は、「トゥルー・カラーズ」にジョン・レノンの「パワー・トゥ・ザ・ピープル」をまぜて歌ってくれました。

そして、今夜も姐さんは、ちっとも変わらなかった。
すごい歌だし、パフォーマンス。全力。

あの日にライブを日本でやったことは間違っていなかっただろうか、あれから日本の友人たちは元気になっただろうか、と思って歌ってくれたんじゃないか、というのは考えすぎか。

バンド編成は、正直言って、メンフィスツアーのほうが好きだったし、武道館はちょっと大きい。
でも、シンディ・ローパーは、間違いなく「歌の力」を信じている。
それが感じられたから、それだけでも十分です。
姐さん、やっぱりついていきます!


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2015.01.19

2015.01.18.ライブ@市川真間アルマナックハウス、セットリスト

本日もありがとうございました。
セットリストです。

【演奏曲目】
ロックンロール・ジプシー(ジェシ・デイヴィス/三宅伸治)
それはスポットライトではない(浅川マキバージョン)
素晴らしきこの世界(真心ブラザーズ)
こりゃどうも
(以下、「じゅんとまろ(仮)」にて)
サティスファクション(ローリング・ストーンズ)
ヘイヘイ・マイマイ(ニール・ヤング)
ウエイト(ザ・バンド)

共演の鈴木準二さん、はたのようじさん、。アルマナックハウスの鈴木さん。いらしていただいたみなさま、ありがとうございました!

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2015.01.08

ラグビー

ラグビーといっても、新春に盛り上がるあのラグビーの大会のことではありません。

突然、思い出したのです。

大学1年生の教養課程の体育の授業。
たまたまラグビーが専門の先生だったようで、1年間授業でラグビーをやりました。

あのラグビーボールを持つのは初めてでした。
ルールもよくわかっていませんでした。

たまたま同じクラスに、高校でラグビーをやっていた人が何人かいたので、その人たちを中心にゲーム、らしきものをするのがあたりまえになりました。

僕は、根本的に球技というものが苦手です。
野球はバットに当たりません。守備をしているときも、ひたすら外野で「自分のところには飛んできませんように」と祈って過ごしています。

バレーボールやバスケットボールは、どうしても身長と身体能力がネックになって、活躍なんてとてもとても。
ひたすら、うまい人のじゃまにならないことを心がけてきました。

高校のサッカーの授業では、たまたまゴール前でひとりでボールを持ってしまい、キーパーと1対1の場面で、緊張のあまり思いっきり空振りをし、みんながずっこけました。

ラグビーの授業も、同じように、経験者の指示にしたがい、「あっちへ並べ」と言われたら並び、なんとなくルールがわかってくると、ラインに入って走っていました。
でも、チームの役に立ってる感じはまったくしませんでした。

1年もやっていると、だんだん見えてくるものがありました。
経験者が指示するラインのつくり方に、僕なりに「穴」があるような気がしてきたのです。
「反対サイドにも、ひとりいたほうがいいんじゃない?」
そこで、僕はさりげなく、みんながラインを作っている反対サイドに、「さりげなく」着くようにしてみました。
もちろん、そんなところにボールが来ることはまずないので、時間中、ただひたすら「影」のように走って、毎回ボールに一度も触ることなく、授業は進んでいきました。

しかし、1年が終わりに差し掛かる頃、たまたまモールから出たボールが、僕がひとりしかいないサイドにポロッと出てきました。
うまくキャッチして、ひたすら走りました。
ラインの目前で後ろから追いつかれてタックルを受けましたが、必死でトライしました。

実は、あのとき、正確にはラインのあと10cmくらい手前にボールを置きました。タックルで倒されたから。
でも、先生はトライを認めてくれました。
タックルをした相手は抗議しましたが、先生は、
「今のはナイスプレーだったから、トライ成立」
「しかしお前、いいところにいたなあ」
と声をかけてくれました。それまで、いてもいなくてもどうでもいい存在だったのにね。

草ラグビーです。しかも、正確にはノートライ。
でも、自分が考えて、自分で動いたことが、曲がりなりにも結果を出し、認めてもらえた。
そのことがうれしかった。

僕はたぶん主役を張るタイプじゃない。
主役を引き立てる。または、みんなが見逃しているところを、念のために押さえておく。
そんな役割なのだろうと思います。

年頭にあたり、古い古い記憶が突然よみがえったのは、やはり年初めだからでしょうか。
僕には僕の役割があるはず。
たとえ認められなくても、気づかれなくても、感謝されることはなくても。
今年もそんな生き方でいいいのだと思います。

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