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2017年3月

2017.03.28

サプライズ誕生日

先日、誕生日を迎えました。
この歳ですし、誕生日は公開していませんので、静かに歳をとるつもりでした。

前日は、23:00頃に床に就きました。
うとうとしたところで、次男に起こされました。

「父さん、12時になったよ。誕生日おめでとう!」

え?

いつもバイトや朝帰りでめったにいない長男もいました。

「まずは、オレから。アイス、どれがいい?」
次男はコンビニで、アイスを3個買ってきていました。僕が最初に選んでいいんだって。ラッキー。

「ありがとう。いただくね」
3人で、夜中にアイスの集会。

しばらくしたら長男が立ち上がりました。
「じゃ、オレはビール買ってくる。父さん、何がいい?」
「え? キリンのラガーお願い…」

缶ビールを何本かと、つまみを買ってきました。
アイス集会から、ビール宴会へ。

こんなことしてもらったの、はじめてだ。
ふたりで打ち合わせしてたんでしょうね。

なんか楽しくて、でもうるさくもできないから、小声でしばらく話しました。
いつになく、まじめな話もしちゃったりして。

うっとうしい親父である。
しかし、うれしかったよ。ありがとう。

子どもたちは、ずいぶん大きくなりました。
オレの誇りだよ。ありがとう。

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2017.03.21

『騎士団長殺し』を買いに行こう!(2)

うーむ。あまり続きは書きたくなかったのですが、どうやら書かざるをえない状況のようですので、書きます。
(前記事)
『騎士団長殺し』を買いに行こう!(1)

(2)は主に出版、とくに紙の本にかかわる方々に向けてです。そうではない一般読者にとっては「なんのこっちゃ!」「知らんがな!」という内容かもしれません。あらかじめ、ご注意ください。

それと、以降に書く内容には、かなり「推定」が含まれています。事実確認も完全ではありません。間違いがあったらごめんなさい。

【これは大変な事態なのではないか】
村上春樹、7年ぶりの長編新作『騎士団長殺し』は、2018/02/24、「第1部」「第2部」の2冊が同時に発売されました。
出版元は新潮社。当初、初版部数は各50万部、合計100万部のスタートでしたが、2018/02/20の時点で事前重版が決定、「第1部」を20万部、「第2部」を10万部が発売前に増刷となり、実質的な初版部数は合計130万部となりました。

70万部+60万部というのが、どういう数字かというと、みなさんが本屋さんの店頭で目にしている量です。日本全国の書店の店頭、いちばん目立つところに山ができています。隣りの書店に行っても、やっぱり同じように山ができています。それが、70万部+60万部=130万部という量なのです。

ちなみに、事前重版というのは、書店からの「もっと送ってくれい」「これじゃあ足りまへんがな」というリクエストが多かったため、初回から潤沢に書店にならべるために増刷したということです。

で、問題はここから。
まもなく発売から1カ月が経とうとしていますが、130万部のうち、どれくらいが消化、つまり売れたのでしょうか。
あくまでも僕の体感ですが、たぶん消化率は40%台。
これは、かならヤバイ。明らかに危険な数字です。本来であればそろそろ、せめて60%くらいは、はけていてもいいはず。
いまも書店に潤沢に山積みされている『騎士団長殺し』を見るのが、つらくてしかたがありません。
これは、もしかしたら出版業界の歴史上、もっともヤバイ事態ではないかと思うのです。

【村上春樹は売れなくてはならない】
すでに一般の方もご存じのとおり、出版業界は斜陽期を迎えているといわれています。書籍・雑誌の売上は低迷し、書店の数はどんどん減っています。
かといって、電子書籍が売れているのかといえば、紙媒体のマイナスを埋めるには、とてもいたっていません。
アマゾンのひとり勝ちともいえますが、それでも全体は落ちているのです。

そんな出版業界にあって、「お祭り」は重要です。売上の意味でも、活性化の意味でも。
かつての『ハリー・ポッター』シリーズは、明らかに「お祭り」でした。日本中の本屋さんが予約注文獲得にやっきになり、発売日早朝の店頭では黒マントの店員さんが声を張り上げました。
店長さんは、あまりにもかさばる『ハリー・ポッター』の在庫置き場を確保するために、テナント大家さんと倉庫を借りる交渉をしました。
村上春樹は、『ハリー・ポッター』が終わってしまったあと、唯一の「お祭り」になる作家なのです。

それが、売れていない。読者が「もういいよ」「そんなに読みたくない」とそっぽをむき、書店が「春樹も終わりだな」「次回からはもっと少なく仕入れればいいよね」と萎縮する。
じゃあ、あとに何が残るんですか? このまま、じり貧ですよ!
村上春樹の新刊が出たら、売れなくてはならないのです。売らなくてはならないのです。たとえおもしろくなかろうと、アマゾンのレビューでさんざん叩かれようと。

※ちなみに、初版部数だけでいえば、コミックの『ONE PIECE』があります。ピーク時には初版100万部を超えたはず。しかし、いかんせん単価が安い。出版不況を乗り切るためには、『ONE PIECE』単行本の値段を5倍にするしかないのかもしれません。

【なぜこんなに売れていないのか】
ひとつには、前回の記事で書いた、アマゾン、太田光などによる、ネガティブキャンペーンが起きてしまったこと。
これは、SNSによって、業界の誰もが予想しないほどの逆風になったのだと思われます。

そして、新潮社の販促方法にも問題はあったと思います。
(参考記事)
村上春樹『騎士団長殺し』過去最高130万部で発売、新刊をニュースとして届けたプロモーション戦略
宣伝会議 編集部 2017.03.08 掲載

これによると、主な施策は、
・初版と事前増刷を併せて130万部という驚異的な数字そのもののニュース性
・表紙や内容を隠したままにする「ベールに包まれた」プロモーション
・書店の協力によるイベント
・読売新聞や朝日新聞、日経新聞、各都道府県の地方紙など計45紙に広告を掲載
といったところでしょうか。

しかし。これって7年前の『1Q84』のときと、何も変わっていないんじゃないでしょうか?
・ニュースアプリの「SmartNews」を活用
という部分が、唯一「今風な挑戦もしました」と読めますが、僕はスマホで『騎士団長殺し』の宣伝を見たことなどありません。そんなに影響力があったのでしょうか。先方から持ち込まれた話に乗っただけじゃないの? そもそも「SmartNews」なんて聞いたことがありません。

この7年間に、本を取り巻く環境は著しく変化しています。それなのに、7年前と同じプロモーションというのは、僕には「手抜き」にしか見えません。

最近になって、首都圏の電車広告を見かけました。これ、つい最近はじめたよね。発売前の2カ月間くらいやる必要があったんじゃないでしょうか。
プロモーションのまずさは、あまり本を読まない知り合いの言葉に尽きると思います。「『1Q84』は、読まなきゃいけない!という気になって買いに行ったけど、今回は全然そんな気持ちにならなかった」

【せめて業界人は買おう】
新潮社ばかりをせめても、もはや手遅れです。よほどの話題がこれから生まれないかぎり、売れ行きは日々落ちていくでしょう。
最終的に消化率が60%だとしましょう。売れ残りは130万部×40%=52万部ですよ。
1800円(税抜)の本、52万部が一気に出版社に返品されたら……ああ、こわくて電卓を叩いて金額に換算する勇気がありません。

もうひとつ、気になることがあります。130万部刷ったことによって、日本中の書店の店頭を華々しく飾ることには成功しました。事前重版までして対応した。しかし売れなかった。
つまり、書店店頭に本来あるはずの、店頭プロモーション効果(こんなにたくさん置いてあるのなら、きっと面白い本だろうから、買って読んでみなきゃ)が、ほとんどなくなっているのではないか。
または、そもそも書店に足を運ぶ人が、業界が思っている以上に劇的に減っているのではないか。

これも、マズイ。非常にマズイのです。

ですから、いま僕が言えることはひとつ。
紙の本にかかわる人間は、今からでもいいから『騎士団長殺し』をセットで買うべきです。
出版社の人はもちろん、取次さん、印刷屋さん、製本屋さん、物流のトラックの運転手さん、もちろん書店さんも、全員がひとり一セットずつ。
もう「ちょっと前から村上春樹って受け付けないのよね」とか、気取ったことをFBに載せている場合じゃないですよ、ディスカヴァー21の社長さん。
いますぐ、書店店頭の在庫を、少しでも減らしていかないと、新潮社、潰れるよ。(←ここだけ拡散しないでくださいね、絶対)
全国の書店、取次も、歴史上最大のダメージを受けかねませんよ。
業界の人はそれがどういうことか、リアルに想像してみてほしいのです。

全国の本屋さんのワゴンの上で、非常ベルが鳴り続けている……ような気がしてならないのです。
2セット目を買おうか。親戚に配ろうかと思うくらい、小さな胸を痛めているのです。

あらためて。『騎士団長殺し』を買いに行こう。今すぐに。

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2017.03.08

『騎士団長殺し』を買いに行こう!(1)

村上春樹の7年ぶりの長編新作、『騎士団長殺し』が発売されました。第一部と第二部、2冊同時の発売です。
もっともっと多くの人に手に取ってもらいたいと思います。

【読み終えて】
ここでは、僕自身の読後感は控えます。
事実として僕は、第一部の2/3くらいまで読むのに5日かかりました。残りの1/3と、第二部は3日弱で読み終えました。
最初のほうはなかなか読み進めませんでした。しんどかった。
しかし、その後はイッキに読み進みました。久しぶりに寝るのが惜しいくらいに。

【なぜこの本をすすめるのか】
書店店頭をあれだけ派手に飾ることができ、発売日がニュースになるという小説家は、現在の日本においては村上春樹だけだと思います。

僕は、「それだけ話題になるもの」は「読んでおいた方がいい」と思います。なぜなら、それが今現在の日本の文化だと思うからです。
読み終えてから、好きとか嫌いとか、よかったとか、がっかりした、とか言うほうが建設的だと思います。
あまりよかったと思えない場合「では、なぜ一部の人たちはこのつまらない小説をめぐって大騒ぎをしているのか」を考える材料になるはずです。

本を読むということは、脳に刺激を受けることだと思います。それが良質であろうとなかろうと、まず刺激を受けることが前提だと、僕は思います。
さらにいえば、本を買うことは、「知的なお賽銭」を払うことだと思っています。願いが叶うか(おもしろかった!)、叶わないか(つまらなかった!)は、どちらも起こります。ただ結果は、お賽銭を払った人にしかわからない。
買ってみること、読んでみることからしか、何も始まらないと思うのです。

【アマゾンレビューについて】
検索していただけるとわかりますが、アマゾンのレビューにはかなり「否定的」な感想が書き込まれています。
その中には、「南京大虐殺」にかかわる書き込みが非常に多いです。「歴史的認識が間違っている」→「したがって本書は悪書である」という論理です。
これは、おかしいと思う。
原稿用紙(というかワープロの画面)上では、誰しもが平等に自由であるべきです。そして、自由な発言からしか、自由な議論は行われないと思います。

また、名のある小説家なのだから「社会的責任」があるはずだ、という意見もおかしいと思います。
そもそも、小説家に「社会的責任」を期待するべきでしょうか?
少なくとも僕は、「社会的責任」にしばられた表現など、あまり見たくありません。
ところでなぜネット上だと多くの人が平気で「国賊!」と言うのでしょうね。ネトウヨというものでしょうか。
小説は小説。それ以上の、またはそれ以下のなにものでもないと思います。


【アンチ村上春樹のみなさまへ】
ひとりの小説家を、好きになろうが嫌いになろうが、それは読者の自由です。「村上春樹って、なんか苦手」「なぜそんなに騒ぐのか、よくわからない」という考えを抱くことについて、僕にも想像ができますし、けっして非難するつもりはありません。

しかし、今回『騎士団長殺し』発売にあたって、「アンチ村上春樹」の声がいっせいに広がっているように感じています。
「実は、受け付けないんだよね」「そうそう、ホントは私も!」というニュアンスが、SNSを中心に妙に広まっている気がします。
(例)
「かっこつけてんじゃねえよ!」 太田光、村上春樹批判の徹底ぶり2017/2/24 J-CASTニュース

ただ、もしかしたら、今まで村上春樹と聞いただけで拒絶した人が、この本をきっかけに一転して好きになるかもしれません。この本だけは好き、という人もいるかもしれません。
そういう可能性があるかぎり、「苦手だけど、読んでみる」ことには意味があると思います。読んでもやっぱり「ダメ」かもしれません。
しかし、それも読書のたのしみのひとつではないでしょうか。
ひとりの小説家を、名前だけで「嫌いだから読まない」と、あまり頑なに決めつけるのは「もったいない」気がします。


※日をおいて、(2)を書くかもしれません。それは、もっと生々しくて嫌らしくて現実的な視点から『騎士団長殺し』を買いに行こう、と主張するものになるはずです。

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