うーむ。あまり続きは書きたくなかったのですが、どうやら書かざるをえない状況のようですので、書きます。
(前記事)
『騎士団長殺し』を買いに行こう!(1)
(2)は主に出版、とくに紙の本にかかわる方々に向けてです。そうではない一般読者にとっては「なんのこっちゃ!」「知らんがな!」という内容かもしれません。あらかじめ、ご注意ください。
それと、以降に書く内容には、かなり「推定」が含まれています。事実確認も完全ではありません。間違いがあったらごめんなさい。
【これは大変な事態なのではないか】
村上春樹、7年ぶりの長編新作『騎士団長殺し』は、2018/02/24、「第1部」「第2部」の2冊が同時に発売されました。
出版元は新潮社。当初、初版部数は各50万部、合計100万部のスタートでしたが、2018/02/20の時点で事前重版が決定、「第1部」を20万部、「第2部」を10万部が発売前に増刷となり、実質的な初版部数は合計130万部となりました。
70万部+60万部というのが、どういう数字かというと、みなさんが本屋さんの店頭で目にしている量です。日本全国の書店の店頭、いちばん目立つところに山ができています。隣りの書店に行っても、やっぱり同じように山ができています。それが、70万部+60万部=130万部という量なのです。
ちなみに、事前重版というのは、書店からの「もっと送ってくれい」「これじゃあ足りまへんがな」というリクエストが多かったため、初回から潤沢に書店にならべるために増刷したということです。
で、問題はここから。
まもなく発売から1カ月が経とうとしていますが、130万部のうち、どれくらいが消化、つまり売れたのでしょうか。
あくまでも僕の体感ですが、たぶん消化率は40%台。
これは、かならヤバイ。明らかに危険な数字です。本来であればそろそろ、せめて60%くらいは、はけていてもいいはず。
いまも書店に潤沢に山積みされている『騎士団長殺し』を見るのが、つらくてしかたがありません。
これは、もしかしたら出版業界の歴史上、もっともヤバイ事態ではないかと思うのです。
【村上春樹は売れなくてはならない】
すでに一般の方もご存じのとおり、出版業界は斜陽期を迎えているといわれています。書籍・雑誌の売上は低迷し、書店の数はどんどん減っています。
かといって、電子書籍が売れているのかといえば、紙媒体のマイナスを埋めるには、とてもいたっていません。
アマゾンのひとり勝ちともいえますが、それでも全体は落ちているのです。
そんな出版業界にあって、「お祭り」は重要です。売上の意味でも、活性化の意味でも。
かつての『ハリー・ポッター』シリーズは、明らかに「お祭り」でした。日本中の本屋さんが予約注文獲得にやっきになり、発売日早朝の店頭では黒マントの店員さんが声を張り上げました。
店長さんは、あまりにもかさばる『ハリー・ポッター』の在庫置き場を確保するために、テナント大家さんと倉庫を借りる交渉をしました。
村上春樹は、『ハリー・ポッター』が終わってしまったあと、唯一の「お祭り」になる作家なのです。
それが、売れていない。読者が「もういいよ」「そんなに読みたくない」とそっぽをむき、書店が「春樹も終わりだな」「次回からはもっと少なく仕入れればいいよね」と萎縮する。
じゃあ、あとに何が残るんですか? このまま、じり貧ですよ!
村上春樹の新刊が出たら、売れなくてはならないのです。売らなくてはならないのです。たとえおもしろくなかろうと、アマゾンのレビューでさんざん叩かれようと。
※ちなみに、初版部数だけでいえば、コミックの『ONE PIECE』があります。ピーク時には初版100万部を超えたはず。しかし、いかんせん単価が安い。出版不況を乗り切るためには、『ONE PIECE』単行本の値段を5倍にするしかないのかもしれません。
【なぜこんなに売れていないのか】
ひとつには、前回の記事で書いた、アマゾン、太田光などによる、ネガティブキャンペーンが起きてしまったこと。
これは、SNSによって、業界の誰もが予想しないほどの逆風になったのだと思われます。
そして、新潮社の販促方法にも問題はあったと思います。
(参考記事)
村上春樹『騎士団長殺し』過去最高130万部で発売、新刊をニュースとして届けたプロモーション戦略
宣伝会議 編集部 2017.03.08 掲載
これによると、主な施策は、
・初版と事前増刷を併せて130万部という驚異的な数字そのもののニュース性
・表紙や内容を隠したままにする「ベールに包まれた」プロモーション
・書店の協力によるイベント
・読売新聞や朝日新聞、日経新聞、各都道府県の地方紙など計45紙に広告を掲載
といったところでしょうか。
しかし。これって7年前の『1Q84』のときと、何も変わっていないんじゃないでしょうか?
・ニュースアプリの「SmartNews」を活用
という部分が、唯一「今風な挑戦もしました」と読めますが、僕はスマホで『騎士団長殺し』の宣伝を見たことなどありません。そんなに影響力があったのでしょうか。先方から持ち込まれた話に乗っただけじゃないの? そもそも「SmartNews」なんて聞いたことがありません。
この7年間に、本を取り巻く環境は著しく変化しています。それなのに、7年前と同じプロモーションというのは、僕には「手抜き」にしか見えません。
最近になって、首都圏の電車広告を見かけました。これ、つい最近はじめたよね。発売前の2カ月間くらいやる必要があったんじゃないでしょうか。
プロモーションのまずさは、あまり本を読まない知り合いの言葉に尽きると思います。「『1Q84』は、読まなきゃいけない!という気になって買いに行ったけど、今回は全然そんな気持ちにならなかった」
【せめて業界人は買おう】
新潮社ばかりをせめても、もはや手遅れです。よほどの話題がこれから生まれないかぎり、売れ行きは日々落ちていくでしょう。
最終的に消化率が60%だとしましょう。売れ残りは130万部×40%=52万部ですよ。
1800円(税抜)の本、52万部が一気に出版社に返品されたら……ああ、こわくて電卓を叩いて金額に換算する勇気がありません。
もうひとつ、気になることがあります。130万部刷ったことによって、日本中の書店の店頭を華々しく飾ることには成功しました。事前重版までして対応した。しかし売れなかった。
つまり、書店店頭に本来あるはずの、店頭プロモーション効果(こんなにたくさん置いてあるのなら、きっと面白い本だろうから、買って読んでみなきゃ)が、ほとんどなくなっているのではないか。
または、そもそも書店に足を運ぶ人が、業界が思っている以上に劇的に減っているのではないか。
これも、マズイ。非常にマズイのです。
ですから、いま僕が言えることはひとつ。
紙の本にかかわる人間は、今からでもいいから『騎士団長殺し』をセットで買うべきです。
出版社の人はもちろん、取次さん、印刷屋さん、製本屋さん、物流のトラックの運転手さん、もちろん書店さんも、全員がひとり一セットずつ。
もう「ちょっと前から村上春樹って受け付けないのよね」とか、気取ったことをFBに載せている場合じゃないですよ、ディスカヴァー21の社長さん。
いますぐ、書店店頭の在庫を、少しでも減らしていかないと、新潮社、潰れるよ。(←ここだけ拡散しないでくださいね、絶対)
全国の書店、取次も、歴史上最大のダメージを受けかねませんよ。
業界の人はそれがどういうことか、リアルに想像してみてほしいのです。
全国の本屋さんのワゴンの上で、非常ベルが鳴り続けている……ような気がしてならないのです。
2セット目を買おうか。親戚に配ろうかと思うくらい、小さな胸を痛めているのです。
あらためて。『騎士団長殺し』を買いに行こう。今すぐに。
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