書籍・雑誌

2017.12.13

『食ものがたり』/著:彩陽

『食(しょく)ものがたり』
著者:彩陽(いろは)
出版社: SUGAO (2017/12/1)
ISBN-10: 4990990854
ISBN-13: 978-4990990855
発売日: 2017/12/1

著者の彩陽さんにはじめてお目にかかったのは、2015年6月のことでした。
共通の知人から紹介され、彼女が入院中のホスピス病棟へうかがいました。

あたりまえなのですが、病院という場所には「死」の気配が漂っていました。
応接用の陽の当たる部屋で、彩陽さんのお話をうかがいました。
持病の悪化により、全身の痛みと麻痺でベッドから起きることもできない生活の中で、彼女が選んだのは「物語を書く」ことでした。
1時間くらい話したでしょうか。
「お話をうかがって、彩陽さんが本を出そうと思うのなら、この3つのテーマのどれかでしょう」
と、テーマを絞り込みました。
そのひとつが、「少年少女にも大人にも楽しめる冒険ファンタジー」でした。
彩陽さんは、明らかにそれを書きたがっていました。
「そのテーマだと、おそらく出版社が見つからないと思います。自費出版でどうですか?」
彼女は、覚悟を決めました。

これまでに文章なんて書いたことがなかったのです。
2年以上をかけて、ああでもない、こうでもないと、彼女は原稿と格闘してきました。
調理師、ソムリエの資格をもつだけあって、テーマは「食」でした。

--------
ある国のまだ幼い少女が、ライオン、小鳥と一緒に旅に出ます。
行きついた先々の国で、「食」をきっかけにさまざまな人(だけではないのですが)に出会います。
少しずつ成長する王女が最後にたどり着いたのは……。
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彼女は、本気で1日24時間、自分の中にある漠然としたイメージと真剣に向き合い、言葉で表現してきました。
覚悟をもって、あきらめずに書き続ければ、本が書けるのです。
「人間はだれでも人生で一冊は本が書ける」といいますが、実際に書く人はまずいません。
彼女はそれを実現しました。
体調がすぐれない時期もありましたが、旦那さんのサポートを受けながら、物語に没頭しました。
その集中力と根気には、いつも驚きました。

何回も何回も何回も何回も書き直して、書き直して、ようやくできた本です。
せっかく書いたのに、あえて削除したシーンも、たくさんあります。
「あとがき」に彼女は書いています。
”ほとんど体を動かすことができなくても、唯一、空想することは自由にできるということに気がつきました。いつでも、どこでも、どんなときでも。”
自由な空想が、思うようにならない身体に羽を与えました。
彼女の「生きること」への希望が本になったのです。

編集者としてゼロから伴走させていただき、自費出版には商業出版とは違う種類の醍醐味があることを、つくづく感じました。
何十回も読んで、話の展開も結末も知っているのに、最後のゲラ読みで涙がこぼれました。主人公の成長がうれして、いとおしかったのです。

出版社や本屋さんの視点から見れば「売れる本」ではないのかもしれません。
しかし著者の想いが詰まった「熱い本」です。
冒険物語が好きな人。食に関心がある人。そして、いつか本を書いてみたいと思っている人。
ぜひ手に取ってみていただきたいのです。

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2017.03.21

『騎士団長殺し』を買いに行こう!(2)

うーむ。あまり続きは書きたくなかったのですが、どうやら書かざるをえない状況のようですので、書きます。
(前記事)
『騎士団長殺し』を買いに行こう!(1)

(2)は主に出版、とくに紙の本にかかわる方々に向けてです。そうではない一般読者にとっては「なんのこっちゃ!」「知らんがな!」という内容かもしれません。あらかじめ、ご注意ください。

それと、以降に書く内容には、かなり「推定」が含まれています。事実確認も完全ではありません。間違いがあったらごめんなさい。

【これは大変な事態なのではないか】
村上春樹、7年ぶりの長編新作『騎士団長殺し』は、2018/02/24、「第1部」「第2部」の2冊が同時に発売されました。
出版元は新潮社。当初、初版部数は各50万部、合計100万部のスタートでしたが、2018/02/20の時点で事前重版が決定、「第1部」を20万部、「第2部」を10万部が発売前に増刷となり、実質的な初版部数は合計130万部となりました。

70万部+60万部というのが、どういう数字かというと、みなさんが本屋さんの店頭で目にしている量です。日本全国の書店の店頭、いちばん目立つところに山ができています。隣りの書店に行っても、やっぱり同じように山ができています。それが、70万部+60万部=130万部という量なのです。

ちなみに、事前重版というのは、書店からの「もっと送ってくれい」「これじゃあ足りまへんがな」というリクエストが多かったため、初回から潤沢に書店にならべるために増刷したということです。

で、問題はここから。
まもなく発売から1カ月が経とうとしていますが、130万部のうち、どれくらいが消化、つまり売れたのでしょうか。
あくまでも僕の体感ですが、たぶん消化率は40%台。
これは、かならヤバイ。明らかに危険な数字です。本来であればそろそろ、せめて60%くらいは、はけていてもいいはず。
いまも書店に潤沢に山積みされている『騎士団長殺し』を見るのが、つらくてしかたがありません。
これは、もしかしたら出版業界の歴史上、もっともヤバイ事態ではないかと思うのです。

【村上春樹は売れなくてはならない】
すでに一般の方もご存じのとおり、出版業界は斜陽期を迎えているといわれています。書籍・雑誌の売上は低迷し、書店の数はどんどん減っています。
かといって、電子書籍が売れているのかといえば、紙媒体のマイナスを埋めるには、とてもいたっていません。
アマゾンのひとり勝ちともいえますが、それでも全体は落ちているのです。

そんな出版業界にあって、「お祭り」は重要です。売上の意味でも、活性化の意味でも。
かつての『ハリー・ポッター』シリーズは、明らかに「お祭り」でした。日本中の本屋さんが予約注文獲得にやっきになり、発売日早朝の店頭では黒マントの店員さんが声を張り上げました。
店長さんは、あまりにもかさばる『ハリー・ポッター』の在庫置き場を確保するために、テナント大家さんと倉庫を借りる交渉をしました。
村上春樹は、『ハリー・ポッター』が終わってしまったあと、唯一の「お祭り」になる作家なのです。

それが、売れていない。読者が「もういいよ」「そんなに読みたくない」とそっぽをむき、書店が「春樹も終わりだな」「次回からはもっと少なく仕入れればいいよね」と萎縮する。
じゃあ、あとに何が残るんですか? このまま、じり貧ですよ!
村上春樹の新刊が出たら、売れなくてはならないのです。売らなくてはならないのです。たとえおもしろくなかろうと、アマゾンのレビューでさんざん叩かれようと。

※ちなみに、初版部数だけでいえば、コミックの『ONE PIECE』があります。ピーク時には初版100万部を超えたはず。しかし、いかんせん単価が安い。出版不況を乗り切るためには、『ONE PIECE』単行本の値段を5倍にするしかないのかもしれません。

【なぜこんなに売れていないのか】
ひとつには、前回の記事で書いた、アマゾン、太田光などによる、ネガティブキャンペーンが起きてしまったこと。
これは、SNSによって、業界の誰もが予想しないほどの逆風になったのだと思われます。

そして、新潮社の販促方法にも問題はあったと思います。
(参考記事)
村上春樹『騎士団長殺し』過去最高130万部で発売、新刊をニュースとして届けたプロモーション戦略
宣伝会議 編集部 2017.03.08 掲載

これによると、主な施策は、
・初版と事前増刷を併せて130万部という驚異的な数字そのもののニュース性
・表紙や内容を隠したままにする「ベールに包まれた」プロモーション
・書店の協力によるイベント
・読売新聞や朝日新聞、日経新聞、各都道府県の地方紙など計45紙に広告を掲載
といったところでしょうか。

しかし。これって7年前の『1Q84』のときと、何も変わっていないんじゃないでしょうか?
・ニュースアプリの「SmartNews」を活用
という部分が、唯一「今風な挑戦もしました」と読めますが、僕はスマホで『騎士団長殺し』の宣伝を見たことなどありません。そんなに影響力があったのでしょうか。先方から持ち込まれた話に乗っただけじゃないの? そもそも「SmartNews」なんて聞いたことがありません。

この7年間に、本を取り巻く環境は著しく変化しています。それなのに、7年前と同じプロモーションというのは、僕には「手抜き」にしか見えません。

最近になって、首都圏の電車広告を見かけました。これ、つい最近はじめたよね。発売前の2カ月間くらいやる必要があったんじゃないでしょうか。
プロモーションのまずさは、あまり本を読まない知り合いの言葉に尽きると思います。「『1Q84』は、読まなきゃいけない!という気になって買いに行ったけど、今回は全然そんな気持ちにならなかった」

【せめて業界人は買おう】
新潮社ばかりをせめても、もはや手遅れです。よほどの話題がこれから生まれないかぎり、売れ行きは日々落ちていくでしょう。
最終的に消化率が60%だとしましょう。売れ残りは130万部×40%=52万部ですよ。
1800円(税抜)の本、52万部が一気に出版社に返品されたら……ああ、こわくて電卓を叩いて金額に換算する勇気がありません。

もうひとつ、気になることがあります。130万部刷ったことによって、日本中の書店の店頭を華々しく飾ることには成功しました。事前重版までして対応した。しかし売れなかった。
つまり、書店店頭に本来あるはずの、店頭プロモーション効果(こんなにたくさん置いてあるのなら、きっと面白い本だろうから、買って読んでみなきゃ)が、ほとんどなくなっているのではないか。
または、そもそも書店に足を運ぶ人が、業界が思っている以上に劇的に減っているのではないか。

これも、マズイ。非常にマズイのです。

ですから、いま僕が言えることはひとつ。
紙の本にかかわる人間は、今からでもいいから『騎士団長殺し』をセットで買うべきです。
出版社の人はもちろん、取次さん、印刷屋さん、製本屋さん、物流のトラックの運転手さん、もちろん書店さんも、全員がひとり一セットずつ。
もう「ちょっと前から村上春樹って受け付けないのよね」とか、気取ったことをFBに載せている場合じゃないですよ、ディスカヴァー21の社長さん。
いますぐ、書店店頭の在庫を、少しでも減らしていかないと、新潮社、潰れるよ。(←ここだけ拡散しないでくださいね、絶対)
全国の書店、取次も、歴史上最大のダメージを受けかねませんよ。
業界の人はそれがどういうことか、リアルに想像してみてほしいのです。

全国の本屋さんのワゴンの上で、非常ベルが鳴り続けている……ような気がしてならないのです。
2セット目を買おうか。親戚に配ろうかと思うくらい、小さな胸を痛めているのです。

あらためて。『騎士団長殺し』を買いに行こう。今すぐに。

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2017.03.08

『騎士団長殺し』を買いに行こう!(1)

村上春樹の7年ぶりの長編新作、『騎士団長殺し』が発売されました。第一部と第二部、2冊同時の発売です。
もっともっと多くの人に手に取ってもらいたいと思います。

【読み終えて】
ここでは、僕自身の読後感は控えます。
事実として僕は、第一部の2/3くらいまで読むのに5日かかりました。残りの1/3と、第二部は3日弱で読み終えました。
最初のほうはなかなか読み進めませんでした。しんどかった。
しかし、その後はイッキに読み進みました。久しぶりに寝るのが惜しいくらいに。

【なぜこの本をすすめるのか】
書店店頭をあれだけ派手に飾ることができ、発売日がニュースになるという小説家は、現在の日本においては村上春樹だけだと思います。

僕は、「それだけ話題になるもの」は「読んでおいた方がいい」と思います。なぜなら、それが今現在の日本の文化だと思うからです。
読み終えてから、好きとか嫌いとか、よかったとか、がっかりした、とか言うほうが建設的だと思います。
あまりよかったと思えない場合「では、なぜ一部の人たちはこのつまらない小説をめぐって大騒ぎをしているのか」を考える材料になるはずです。

本を読むということは、脳に刺激を受けることだと思います。それが良質であろうとなかろうと、まず刺激を受けることが前提だと、僕は思います。
さらにいえば、本を買うことは、「知的なお賽銭」を払うことだと思っています。願いが叶うか(おもしろかった!)、叶わないか(つまらなかった!)は、どちらも起こります。ただ結果は、お賽銭を払った人にしかわからない。
買ってみること、読んでみることからしか、何も始まらないと思うのです。

【アマゾンレビューについて】
検索していただけるとわかりますが、アマゾンのレビューにはかなり「否定的」な感想が書き込まれています。
その中には、「南京大虐殺」にかかわる書き込みが非常に多いです。「歴史的認識が間違っている」→「したがって本書は悪書である」という論理です。
これは、おかしいと思う。
原稿用紙(というかワープロの画面)上では、誰しもが平等に自由であるべきです。そして、自由な発言からしか、自由な議論は行われないと思います。

また、名のある小説家なのだから「社会的責任」があるはずだ、という意見もおかしいと思います。
そもそも、小説家に「社会的責任」を期待するべきでしょうか?
少なくとも僕は、「社会的責任」にしばられた表現など、あまり見たくありません。
ところでなぜネット上だと多くの人が平気で「国賊!」と言うのでしょうね。ネトウヨというものでしょうか。
小説は小説。それ以上の、またはそれ以下のなにものでもないと思います。


【アンチ村上春樹のみなさまへ】
ひとりの小説家を、好きになろうが嫌いになろうが、それは読者の自由です。「村上春樹って、なんか苦手」「なぜそんなに騒ぐのか、よくわからない」という考えを抱くことについて、僕にも想像ができますし、けっして非難するつもりはありません。

しかし、今回『騎士団長殺し』発売にあたって、「アンチ村上春樹」の声がいっせいに広がっているように感じています。
「実は、受け付けないんだよね」「そうそう、ホントは私も!」というニュアンスが、SNSを中心に妙に広まっている気がします。
(例)
「かっこつけてんじゃねえよ!」 太田光、村上春樹批判の徹底ぶり2017/2/24 J-CASTニュース

ただ、もしかしたら、今まで村上春樹と聞いただけで拒絶した人が、この本をきっかけに一転して好きになるかもしれません。この本だけは好き、という人もいるかもしれません。
そういう可能性があるかぎり、「苦手だけど、読んでみる」ことには意味があると思います。読んでもやっぱり「ダメ」かもしれません。
しかし、それも読書のたのしみのひとつではないでしょうか。
ひとりの小説家を、名前だけで「嫌いだから読まない」と、あまり頑なに決めつけるのは「もったいない」気がします。


※日をおいて、(2)を書くかもしれません。それは、もっと生々しくて嫌らしくて現実的な視点から『騎士団長殺し』を買いに行こう、と主張するものになるはずです。

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2016.09.20

活字のチェイサー

活字に関わる仕事をしています。

だいたい、7万文字から10万文字くらいの文字を、ワープロソフトや出力した紙で、
チェックしたり、書き換えたり、構成を入れ替えたり、
場合によっては、取材音声を起こした文字データを整理したり。

何日もその作業を繰り返していると、たぶん脳が活字の脳になるんでしょう。
寝る前とか、仕事に取り掛かる前とかに、全然関係ない内容の活字が読みたくなるのです。

最近気がついたのですが、これって「チェイサー」なのではないか。
強い酒を飲むときに、ウイスキーなら水、電気ブランならビールを一緒に飲みます。
あれと同じじゃないか。

長年お気に入りの「チェイサー」は『週刊プロレス』です。
毎週発売日に、同じ本屋さんで買って、仕事の合間に読みます。
『週刊プロレス』は首都圏では水曜日発売。
仕事がはかどらないときは、ついつい『週刊プロレス』を読み込んでしまうので、金曜日くらいに全部読み終わります。
仕事が順調に進んでいるときは、次号発売日くらいに読み終わったりします。

しかし、『週刊プロレス』は、なかなかクセの強い文章が多い雑誌なので、並行して何かの単行本とか、コミックとかを読みます。
つまり、常に同時進行で3冊くらいの文字に触れていることになります。

たまに本屋さんをゆっくり眺めると、読んでみたい本が多すぎて困ることがあります。
いくら「チェイサー」とはいっても、そんなに量が読めるわけではありません。
なにしろ、『週刊プロレス』は全部読まなきゃなりませんから。

「今月中に読める分だけしか買わないようにしよう……」
最近はそう考えるようにしています。
少し前までは、「出会ったときに買っとかなきゃ、次にいつ会えるかわからない」と、本代はケチらなかったのですが、さすがにそのツケがまわってきて、本棚があふれました。

いまは、アマゾンの「ほしいものリスト」に入れとけば忘れないので、便利になりました。

「チェイサー読み」って、案外みんなやってるんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう?

とりあえず、「なにかチェイサー的な活字がほしい!」という方がいらっしゃいましたら、まず『週刊プロレス』をおすすめします。

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2015.06.27

街の小さな本屋さん

いつも行く、近所の街の本屋さん。
今日は、入口付近に小さな子どもたちが集まっていました。

『テレビマガジン』や『コロコロコミック』などの雑誌を数人で見ながら、お気に入りのキャラクターについて、ワイワイ。
お店の中から店員さんが、台車に本を積んでやってくる。
「ちょっとごめんねー、通してねー」

女の子が、店内のポスターに気がつきました。
「あっ、ふなっしー!」
そして、子どもたちは、導かれるように店内へ……。

本屋さんには、子どもが似合う。
うれしくなって、僕もついつい店内へ。
あ、こんな新刊が出てる……。
あ、新潮文庫のフェアに、あの地味だけどとってもいい本が選ばれてる……。
あ、読みたかった本が、文庫になってる……。

しょっちゅう来てるのに、毎日新しい発見がある。
小さな子どもたちなら、もっといろいろなものを見つけるだろうな。

本屋さんには、子どもが似合います。
あの子たち、「今日の一冊」を買ってもらえるといいなあ。
大事に抱えて持って帰って、ドキドキしながら袋をあけてくれるかなあ。

街の本屋さん。
語りだしたら止まらないほど、思い出があります。
生まれた街で。通学した街で。一人暮らしをした街で。ちょっと出かけた街で。

超大型書店じゃ、子どもは迷子になっちゃう。
そんなに高い書棚、子どもには手が届かない。

街にある本屋さんの役割は、とっても大きいと思います。
そういう本屋さんを支える人たちもいます。
僕は、ずっと街の本屋さんの味方でいたい。

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2014.12.04

『FOK46』大槻ケンヂ

『FOK46』大槻ケンヂ

サブタイトルは「突如40代でギター弾き語りを始めたらばの記」。
筋肉少女帯のボーカル、大槻ケンヂは楽器が弾けなかったんです。
で、ある日、アコースティックギターを衝動買い。
そして、46歳のおじさんは、まるで中学生のようにギターを練習、弾き語りライブに挑戦する……。

ざっといえば、こんな内容の、エッセイであり私小説です。
まさに、30年ずれてる。
しかし、現実には30年が経ってる。

この本は、ただの「自分さがし」とか「エバーグリーンな青春さがし」とかがテーマではありません。
ずれてる30年の隙間には、たくさんの現実があるのです。
もっと言っちゃえば、「死」がある。

30年遅れのギター初心者は、高いギターが買えるんです。
ゴダンにはじまり、ギブソン、マーチン、タカミネ、ヤマハ、アリア……。
いいなあ。
お茶の水のギター屋さんめぐり。
いいなあ。

でも、本文中に出てくる「ミルクと毛布」という歌は、30年前の中学生にはけっしてつくることができなかった歌。
そして、映画のような美しいエンディングは、若くしては書けなかったかもしれません。
僕も、もう少し若かったら、このエンディングに「オーケン、だせえよ」と言ったかもしれません。
でも、泣ける。

歳をとるのも悪いもんじゃない。
僕も弾き語りの練習をもっとしなくちゃな。
枯れないと燃えないものも、あるんだよね。

この本、おすすめです。

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2014.10.18

『クローバー・レイン』大崎梢

書店員さんなどの間では、話題になっていた本だそうです。
著者の本は何冊か読んでいます。出版業界の、リアルな現場を描いていて、おもしろく読んでいます。

『クローバー・レイン』大崎梢

主人公は、大手出版社の文芸書籍編集部員の、工藤。
僕は文芸書の世界を目の当たりにしたことがありませんので、著者との関係、原稿に対する姿勢など、新鮮に感じました。
しかし。
僕はかつて、出版社の営業部にいた人間として、この工藤が、そんなにおもしろいとは思えないのです。
彼が、営業マンや他社の編集者、書店さんや著者と触れ合う中で、売れる本をつくるということの本質をつかんでいくのですが、

そんなこと、入社7年目で気づくなよ!
それまでの間に、教えてくれる先輩や上司はいなかったのかよ!
と思ってしまいました。工藤、あまーい。

むしろ、営業の若王子、ライバル社の編集者・国木戸などのほうが、ずっと共感できる。そして、ベテラン作家の芝山。いいねー。男だねー。

これから出る本が売れるかどうかなんて、誰にもわかりません。
いくら気合を入れても、売れないときは売れない。
誰も気に留めなかった本が、思いがけず売れる。
出版はそんなことの繰り返しです。

だからこそ、芝山がいう「蛮勇」というものが、著者にも、出版社にも、書店にも必要だと思います。
野蛮な勇気。
野蛮でなければ、勇気じゃないよね。勇気はいつでも野蛮であるはずだよね。
モノを売るって、そもそも野蛮な行為なのかもしれませんね。
これからも、野蛮でいよう。ウオーッ!

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2014.09.03

『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場』


著:佐々涼子 早川書房

話題になっている本を、ようやく読みました。
読み始めてすぐに、「しまった! もっとはやく読めばよかった!」と思いました。

出版(書籍、文庫、新書、雑誌など)に使われる「紙」の大きな工場が、石巻にあることは知っていました。
しかし、こんなにも大きなシェアをもっていたこと、そして、紙造りの裏側のことは、何も知りませんでした。

・出版を支える「紙造り」に誇りをもち、支えてくれている人たちがいること
・東日本大震災の、リアルな実状
・そして、復興に向けて立ち上がった人たちの気概

おおまかにいえば、本書のテーマはこれらです。
この人たちがいなければ、新聞も雑誌も本も、私たちの手元には届かなくなってしまう。
当たり前の日常の裏側には、当たり前を支える人たちがいる。
その人たちが、当たり前じゃないときに、何を見たのか。何をしたのか。

震災直後、
「○○文庫の紙がなくて、今月は1点も刊行できないらしい」
「○○出版は、特注していた紙がたまたま被災しなかったために影響がなかったらしい」
といったウワサを耳にしました。

テレビ画面に映る、気仙沼の町が火に覆われる映像を見ていたら、涙がとまらなくなりました。
知り合いが東京駅で夜明かししていることを、SNSで知りました。

その間、現地で起きていたこと。
ひとつの工場という側面から、これほどリアルに震災を描いたドキュメントは、なかった。

震災後、日本人はモラルを守って粛々と行動した、と海外から評価されたけれど、そんなきれいごとばかりじゃなかった。
無人の店舗に立ち入って、レジの金を盗む人。
自動販売機を金属バットで壊す人。
放置された自動車から、ガソリンを抜く人。
それも、現実だったのでしょう。

そして、紙だ。
出版に携わっていた者の一人として、紙の重要性は知っているつもりでした。
かつて、自分の会社からミリオンセラーが生まれたとき、常に資材調達部門の人たちと、重版の予測情報を確認しあいました。
本が売れて、たくさんの読者が読みたがっている。本屋さんは、たくさん送ってくれ、という。出版社は「それいけ!」と重版をかけたい。
でも、紙がなければ重版はできないのです。
あらためて、当時100万部刷る間、一度たりとも紙を切らさず、販売部門の重版希望に応えてくれた人たちのすごさを思います。

この本を、二人の息子たちにも読ませることにしました。
大学生の長男はもちろん、中3の次男も高校受験。
しかし。
君たちが使っている教科書も、参考書も、問題集も、プリントも、ノートも、紙でできている。
それが、当たり前じゃないということに気がついてほしい。
そして、誇りをもって仕事をしている人たちがいて、津波の直撃を乗り越えて、その紙を造ってくれている人たちがいることを知ってほしい。

数学の問題よりも、日本史の暗記よりも、その前に知っておかなければならないこと。
受験勉強を、支えてくれている人たちが、いるんです。
それを教えてくれる本。
受験よりも、先にこの本を読んでほしい。
「仕事」について、「震災」について、考えてみてほしい。
心からそう思います。

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2014.08.03

『めしばな刑事タチバナ』の謎の扉絵

気がついたら14巻目が発売された、『めしばな刑事タチバナ14巻』。
今回の重要テーマは、「チャーハンは、パラパラか? しっとりか?」。
こういう、しょうもない食べ物にまつわるこだわりを、14巻かけて追及するこの作品には、頭が下がります。

昨年テレビ映像化もされました。

とある警察署を舞台に、こんまい「食」へのこだわりを、ひとりもので外食、自作の家飯で暮らす刑事たちのエピソードと薀蓄で構成されています。

最新巻である14巻を買ってきて読んだのですが、どうにも理解できないページがありました。
P.163、「第170ばな、チャーハン大会議 その4」の扉絵です。
001
『めしばな刑事タチバナ 14巻』P.163より

この絵の中で、若い五島刑事が持っているモノがなんなのか?
しばし悩みました。この画像です↓。
005

彼がテーブルの上で持っているモノは、何?
しばらく考えました。
で、無理やり出した結論は、「テーブルの下に潜り込んでいる副署長の靴を保管している」。
全然靴には見えないんですけど。もうちょっと丁寧に描こうよ。
006

でも、どう考えても「靴」だと認識するのが、一番妥当なんじゃないかと思い当たりました。
でも、なぜ副署長は靴を脱いだんでしょう?
この絵からは、その必然性が、まったく感じられません。

ここではたと気がついたのが、この扉絵は、何らかの映画のシーンとか、名画のワンシーンに対する「オマージュ」なのではないか、ということです。

本編中に「12人の怒れる男」の話題ができてきます。でも、僕はその映画を観たことがない。
もし、ご存知の方がいらっしゃって、「あー、これはあの映画のあるシーンへのオマージュだよ」とおっしゃっていただければ、どんなに楽になることか。

なぜ、副署長は、わざわざテーブルの下に入り込んでいるのか?
そして、その際になぜ靴を脱いだのか?

ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
ご一報をお待ちしております。

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2014.03.01

出版社の営業マン(2)

2007年12月に、「出版社の営業マン」というタイトルでブログを書いています。
菅野美穂主演のドラマ、『働きマン』の中で、出版社の営業マンがテーマになった回があったときです。

僕はもう現役じゃないから、堂々と言いたい。「出版社の営業って、すげーんだぜ!」
ふだん、なかなか陽が当たらない仕事なので、ときどき、ドラマチックに取り上げられるとどうしても泣いてしまいます。

こんなマンガを読みました。

『重版出来!』松田 奈緒子 (著)

1巻に、出版社の営業マンの話が出てきます。泣きました。泣くよー。

「よし、仕掛けるぞ。」

「手搬入行ってきます!」

「”なぜ売れないか”はわからないけど、ひとつだけハッキリ言えるのは――売れる漫画は愛されてます。」

「”売れた”んじゃない。俺たちが――売ったんだよ!!!」

「今回初めて知りました。自分の手にする単行本は、たくさんの人たちの手を渡って届いてるんだって。」

くぅ。泣きます。

唯一残念なのは、取次(本の問屋さん)がほとんど出てこないことですかね。
3月発売の3巻に出てくるといいな。


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